九話 人の話は最後まで聞けよ
カラールは、あくまでそれとない視線でもって観察していたはずだ。
しかし、色々考えているうち、気付かれたらしい。
「あの、カラール?」
「……なんだよ?」
不意に、勇者がにやけた笑いをひっこめて、もじもじし始めた。
「……そんなにじっと見られると、わたし……恥ずかしい……」
「――は?」
「……髪だって、ちょっとパサついてるし……、服装も地味だし……」
人にあれだけ無茶苦茶な事をしておいて、なぜちょっと観察したくらいで顔を赤くするのだと、カラールは不可解さを覚えますます凝視する。
すると、真っ赤になった勇者はとうとう俯いてしまった。自分の服を、ぎゅっと握っているのは羞恥心に耐えるためだろう。
なんだか、自分がとても悪いことをしているような気になってしまい、カラールはゴホンと咳払いして目をそらした。
「見なければ良いんだろう、見なければ。……僕だって、好き好んで見ていたわけじゃ無い」
「え、違う! カラールに見られるのは、嬉しいの! ……ただ、今のわたしは、全然可愛くないでしょ? もっとちゃんとおしゃれして、カラールに可愛いって思われたいの」
「…………」
カラールは、頭に糖蜜が詰まっているかのような勇者の発言に絶句した。
かわりに、グラマツェーヌが「健気だな……!」と、感極まった様子で頷いている。
(なんなんだ、この状態は……)
グラマツェーヌのおかげで、“鎖で繋がれ監禁人生”はまぬがれた。だが、別方向で厄介な状況になりつつある。
「……お前、もう帰れ」
カラールは、なんとか気力を振り絞り、それだけ口にした。
「え? 一緒にいたら駄目なの?」
「――あのな、僕は魔王軍なんだ。お前は勇者だろう。一緒にいられるわけ無いだろうが」
「じゃあ、勇者やめる!」
カラールは、しっしと手を払ったつもりだったのに、ぱしっと傷一つ無い白い手に握りしめられ動かなくなる。
瞬きよりもはやく距離を詰め、自分の手を取った勇者に、カラールは恐れよりも呆れが先に来た。
「……子供か、お前は」
やめます、なんて言ってやめられるものでもあるまいし。
この勇者は戯れ言ばかりだと手を振りほどこうとしたが、白くほっそりとした手は、想像を裏切る強さでギチギチと締めてくる。逃がすものかという、執念を感じる。
「勇者……、恋人達を引き裂くのは、私としても本意では無い。本来ならば、我らが国に移住をすすめたいのだが……今の立場では、な」
グラマツェーヌは同情的だが、やはり彼女の目から見ても勇者という立場で魔王の統治下にある国へ行くのは、難しいのだ。
「とにかく、僕はもう仕事に戻る。お前も……お仲間が待ってるんじゃ無いのか?」
「……お仕事?」
勇者は、仲間よりもカラールの仕事に反応した。
「……僕の仕事なんて、どうでもいいだろう。興味もつな」
「どうして? カラールの事なら、わたし、なんでも知りたい。出来るなら、お手伝いしたい」
「……手伝いなんているか」
さっさとお引き取り願いたいカラールの心は無視し、勇者はなおも絡んでくる。
そんな二人を微笑ましそうに眺めていたグラマツェーヌだが、思い出したようにカラールの肩を叩いた。
「あぁ、カラール。その事だが、任務はいったん中止だ」
「……なぜです?」
「件の物、どうやら火口付近では無く、中にあるらしい」
え……? と、カラールの口から乾いた声が漏れた。
この山のどこかに呪い石があるとふんで調査していた魔王軍だったが……――。
「まさか、マグマの中とは……」
それではさすがに、手も足も出ない。
マグマをどうにかして呪い石を手にできるのは、それこそ魔王クラスの術者だろう。
「あの中に何かあるの?」
「……お前には関係無い」
「カラールが集めている、石?」
「!? お前、なんでそこまで知ってる」
カラールは驚いて、無頓着な問いを放った勇者を睨んだ。
「だって、カラールはいつも石を持っていたから。うまく石が手に入ったときは、わたしには目もくれないで帰っちゃうんだもん……だから、あんな石なければいいのにって、ずぅっと思ってたんだ……」
最後の、ねっとりとした言葉は聞かなかったことにして、カラールはふんと鼻を鳴らす。
「――だが、お前にはなんの関係も無いな」
「あるよ。カラール、困ってるんでしょう? 石とってくれば、お手柄になるんでしょう? そしたら、石をお土産に、わたし寝返りが出来るでしょう?」
「……おい、ちょっと待て」
「うふふ、カラールとずっと一緒にいられるんだぁ。楽しみだなぁ」
「待てって!」
「それじゃ、パパッと行ってとってくるね!」
「だから待て! あれは人族が触れるものじゃ……! それ以前に、マグマの中に突っ込むなんて自殺行為だから――」
やめろ、と言う前に勇者の姿はその場から忽然と消えていた。
「……おい、冗談だろ?」
カラールの声が、むなしく響いた。