八話 外堀は埋められた?
とんでもない発言でグラマツェーヌを混乱させた勇者は、立ち上がってもまだ、神妙な面持ちで頭を下げた。
「先ほどの無礼をお詫びいたします、お義母様。大変、申し訳ありませんでした」
お前は誰だと叫びたくなるような変わり身に、カラールは苦虫を噛み潰す。しかし、潔く謝る勇者の姿に、グラマツェーヌは好感を持った――とまではいかないが、少なくとも不快には思わなかったらしく、戦闘態勢を解き、一つ頷いて見せた。
「……しかし、カラールがまさか勇者と恋仲だったとは……。お前がいつまでも我が国へ足を踏み入れぬのも、人族の領地での小競り合い程度で規模を抑えていたのも、カラールが魔王軍にいたからか?」
「いや、違います。有り得ません。この勇者が、そんな殊勝なタマなわけがない」
ぶんぶんとカラールが首をちぎれんばかりにふって否定すると、グラマツェーヌに「こら」と叱りつけられた。
「お前、普段は注意しろと言いたくなるほど女に優しいのに、なぜ勇者にはそんな辛辣な口を叩く。……女に、タマなんていうんじゃない」
「グラマツェーヌ様! つっこむ所はそこではありません!」
「わかっている。冗談だ」
慈母のような笑みを浮かべるグラマツェーヌに、カラールはほっとした。
(よかった……!)
敬愛するグラマツェーヌ様に誤解されるなんて、耐えられない。
そんな彼女が、言いたいことはちゃんとわかっているよと言うかのように力強く頷いてくれたことに、カラールは安心していたのに――。
「あえて辛辣な言葉を吐いて、交際を隠そうとしているのだろう? たしかに、魔族と人族の今の状況では、お前がそう振る舞わなければならない気持ちも理解できる」
「え、いや、それは、全然……」
違う、違うと首を振っても、グラマツェーヌは聞いていない。
「惹かれ合ってはならないと分かっているのに……、それでも互いを愛さずにはいられなかった――あぁ、それは忍ぶ恋……!」
だんだんと、彼女の語りが熱を帯びてきて、カラールは冷や汗をかく。
グラマツェーヌは戦うことが大好きで、勇猛果敢な将だ。だが、実は恋愛を主軸とした物語をこよなく愛する乙女な将でもあった。
話しているうちに、熱が入ってきても仕方がない。
(なんて、割り切れるわけ無いだろう! どうする!? どうしたらグラマツェーヌの暴走勘違いを修正できる!?)
慌てるカラールの気持ちには気づかず、目一杯熱を込めて語っていたグラマツェーヌは、泡を食っている養い子の肩を掴んだ。
「だがな、カラール!」
「はいっ!?」
「私は、血のつながりは無くとも、お前を我が子のように思っている。――息子が選んだ相手ならば、誰が咎めようと、母は味方するに決まっているだろう」
「……お義母様……!」
感動しているのは、勇者だけ。
カラールは、膝から崩れ落ちたい衝動と戦っていた。
(これは駄目だ。僕の真意は、全然伝わってない……!!)
傷心で涙目のカラールをよそに、グラマツェーヌは嬉々として勇者と会話を始めてしまう。
「勇者……、先ほどの一撃、見事だった」
「カラールを助けたくて……。誤解してしまい、申し訳ありません」
「いいや、もういい。だが、あの一撃を受けて、お前の心はカラールの言う通り、真っ直ぐだと分かった。カラールを思う、お前の心が、十分に伝わった」
わかり合った風の二人の姿に、カラールはとうとう目頭を押さえた。
(そいつの心は、ぐにゃぐにゃ曲がりくねってあちこち固結びになっていて解くのも一苦労なほど複雑怪奇です! 騙されてます、グラマツェーヌ様!)
叫びたい。
いますぐ、声を大にして訴えたい。
だが、グラマツェーヌと勇者は、女同士特有の空気感を出している。男が割って入っていけば、白い目で見られる……あの居たたまれない雰囲気だ。
「……グラマツェーヌ様……」
「おぉ、どうしたカラール、そんな拗ねたような顔をして……。あっ! もしかして、私が逢い引きを邪魔したから怒っているのか? ……悪い事をしたな」
カラールの頭に、グラマツェーヌの手が乗せられる。女性にしてはいささか強すぎるくらいの力で、わしゃわしゃと撫でられる。
「…………」
出会った時から変わらない親愛表現を、カラールは黙って受け入れた。
かわりに、恨めしげな視線を勇者に送る。
すると、勇者はへにゃへにゃとしまりの無い顔で、カラールを見つめていた。
「うふふ……親御さんにご挨拶の任務、無事達成……」
満足そうな一言に、外堀を埋められていると気付く。
(――こいつ、本気なのか……?)
勇者のくせに、魔王軍に属している自分に本気で惚れているのだろうかと、カラールはそれとなく、だらしない笑みを浮かべている少女を観察した。
(……やっぱり妙だな。……なんで、僕なんだ?)
グラマツェーヌの部下ではあるが、とりわけ目立った所は無い。
もの凄く腕が立つわけでもないし、戦知識が豊富なわけでもない。
見た目だって、とびきり綺麗な勇者と比べたら、花と砂粒くらいの差がある。
顔を合わせた回数はそれなりだが、それだけだ。勇者とカラールは敵として出会い、この時まで関係性が変わるような劇的な出来事に見舞われた事もない。
だからカラールには、自分が勇者にここまで好かれる理由が分からなかった。