七話 求婚勇者の挨拶
「グラマツェーヌ様!」
「下がっていろ、カラール!」
声を上げた養い子を制したグラマツェーヌは、踏み込んできた勇者の剣を、鉄製の籠手で受けとめた。
「くっ」
だが伝う衝撃は消しきれなかったようで、その顔が歪む。勇者は一撃目を防がれたと分かると深追いせず、すぐさまくるりと一回転し、距離を取った。
「なるほどな、人族の勇者。お前が対魔王の象徴などと持て囃されているのは、戯れ言では無いということか」
力量を把握し、遊びは無用と判断したグラマツェーヌが、認めるような言葉を口にする。
しかし、当の勇者はグラマツェーヌの声など聞こえていないかのように、カラールのみを見つめて微笑みかけた。
「カラール、待っててね? 今、こいつから助けてあげる。大丈夫、すぐ終わるから。そんな悲しそうな顔しないで、笑ってて?」
――さながら、聖女のような微笑みと言ってもいい。
緊迫しているはずの状況下においては、まったく不釣り合いな笑い方だ。
そんな笑みを浮かべていれば、グラマツェーヌが勇者の異質さに気が付かないわけがなかった。
カラールを助けに来たのはグラマツェーヌである。
それなのに、今の言動。
勇者の中では認識が逆転している事を察したグラマツェーヌは、改めて観察するように目を細める。
「――カラール」
「はい」
「……人族の勇者は、気狂いか?」
敬愛する存在の問いかけに、カラールは答えられなかった。
「カラールに! 気安く話しかけるなぁぁぁぁぁぁ!」
全てをかき消す、獣のような咆哮を上げて勇者が突進してくる。
誰が見ても――人族が見ても、魔族が見ても、今の彼女を正気と思う者はいないだろう。
“人族の勇者”とすら思わないかもしれない。
勇者は気狂いか否か?
そんなこと、狙われているカラールが一番知りたい。
「息子との会話に、他人の許可は必要ない」
――グラマツェーヌが、勇者の突進に防御の構えをとった。渾身の攻撃を放った直後には無防備となる勇者へ、重い一撃をお見舞いするつもりだろう。だが、勇者は不自然なほど急に、ピタリと止まった。
「……?」
グラマツェーヌは、あと数歩の距離で動かなくなった勇者を不審がった。
完全に頭に血が上った様子から、急に止まるなどと到底無理だと思っていたのに、どうしたことだと思っているに違いない。
カラールもまた、意外な気持ちで勇者をうかがい見た。
「……今、なんて?」
一瞬前までの激情が嘘のような淡々とした声音が、乾いた地に落ちる。
「わたしのカラールを、息子って……そう言った?」
首をかしげて問いかける勇者に、グラマツェーヌは頷いた。
「それがどうした?」
なぜそんな事を気にすると言いたげなグラマツェーヌに対し、勇者はバッと素早くその場に座り込むと、小石も転がる地面に手をついた。
「お義母様! 息子さんと、結婚させて下さい!」
「――え?」
命のやり取りをしようとしていた相手の突然の行動に面食らったグラマツェーヌは、しばしの間の後、ぎこちなくカラールを振り返った。
「……なんだ、お前達……そういう関係だったのか?」
母さん、気が付かなくて悪かったな……などと言い出され、カラールは大空に響き渡るほどの大声で絶叫した。
「違いますから!!!!」