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五話 嫌い嫌いの、その先は?

「愛しのカラール昨日ぶり! おはよう! 会いたかった! 愛してる!」

「なんでいるんだよ、お前ぇっ!」

 

 おかしい。

 絶対におかしい。


 昨日の洞窟とは正反対の方向にある火山に、呪い石の気配ありといわれて探索に来たのに、なぜ勇者が「あら偶然!」みたいな顔をして山頂にいるのだと、カラールは頬をひくつかせた。

 いつもはくっついている一味の連中の姿も見当たらない。


「――なんでお前が、単身で、ここにいる」


 口調もきつくなるが、勇者は気にしたそぶりすら見せず笑った。


「なんでって……カラールに会いたかったから」

「僕に? ……お前、まだ錯乱してるのか?」

「ううん。わたしは今、いまだかつて無いほど最高潮に幸せだけど?」


 子供のように気負い無く笑う勇者に、カラールはなんだか頭痛がしてくる。


「……あのな、勇者。僕とお前は敵同士だ」

「わたしはカラールの敵じゃないよ。……わたしが、カラールを守るの……!」

「ふざけるな。人族の勇者が、魔族の僕を守るなんて、笑い話にもなりゃしない。……それとも、なんだ? ……お前、人族を裏切って魔族に付くとでも言うつもりか? お供の三人の首をとってこれるのか?」


 カラールは、薄い唇を意図して三日月型に持ち上げた。

 そうすると血色の悪い顔には似合いの、陰湿な笑みのできあがりだ。

 悪巧みしていますと宣伝しているような笑顔を見て、勇者は目を大きくした。

 さすがの錯乱勇者も、これで少しは冷静になるだろうとカラールは内心考えていた。

 だが、勇者の次の行動は、予想を大きく裏切った。


「それでカラールが喜んでくれるなら! さっそくあの三人殺してくるね!」

「――え?」

「こう言うのって、最初が肝心だもんね。魔王に首三つ持っていけば、カラールと一緒にいられるかなぁ?」


 意気揚々と剣を抜き、片手で魔方陣を描いている勇者。その顔は、すがすがしい笑みに彩られている。


「ま――」

「それじゃあ、少しだけ待っててねカラール。さくっと終わらせてくるから。……あ、でも、わたし、首とかよく見えないから、ちょっと雑になっても、笑わないでくれると嬉しいな」


 えへっと照れ笑いを浮かべる勇者に、カラールはぶんぶんと首を左右に振ることで「違う」という意思を伝えた。


「今の会話のどこに、照れる要素があるんだ! 自分の仲間だろう、少しは躊躇え! なに、畑のにんじん引っこ抜いてくるみたいな気安さで、仲間を殺しに行こうとしてるんだ! 本格的に、頭がおかしいのか貴様は!」


 見た目には、もうだまされない。

 いや、見た目の綺麗さだけでは補いきれないほど、カラールの目の前にいる勇者はおかしい。

 語気も荒く怒鳴りつけると、勇者は初めて大人しくなった。

 顔を合わせた瞬間から、馬鹿みたいに賑やかだったのに、途端にしおしおと萎れた花のように肩が落ち、眉がたれ下がった。 


「……だって、カラールが喜んでくれると思って……」


 ぽつりと呟かれた言葉もまた、カラールにとっては理解しがたいものだ。


(なんで敵の僕が関係するんだよ)


 迷子の子供のように頼りなげな表情で自分をうかがい見てくる勇者に対し、カラールは鋭い目つきでにらみ返す。


「あぁ、もしかして貴様、僕を謀る気だったのか?」

「え?」


 自分で口にしておいてなんだが、カラール的にはそのほうがよっぽどわかりやすかった。


 勇者の昨日からの奇行は、もしかして――自分を油断させて陥れるつもりだったのではないか。


 生け捕りにして、拷問にかけて、見せしめにどこかの町へつるしておけば、魔族たちへの嫌がらせになるだろう――そう考えて、わざと自分が油断するような演技をしたのではないか?


 我ながら実に筋の通った考え方だ。それなら多少過剰でも脈絡がなくても、唐突な擦り寄り行為に納得ができる。

 危なかった、とカラールは唇の端をゆがめた。

 心外だと言いたげに、目を丸くしている勇者。なんの罪もなさそうなその表情がまた、腹立たしい。


「残念だったなぁ、あてが外れて。……生憎僕は、人間なんぞハナから信用していない」


 実際は、苦手意識を植え付けられつつあったり、ペースを乱されたりと、かなり危なかったのだが、敵に馬鹿正直言う必要は無い。

 カラールは、余裕の態度を崩さず、勇者を鼻で笑ってやった。


「カラール、人間、信じてない? 嫌い? ……じゃ、じゃあ――わたし、も?」


 くだらない演技なんて、もうやめればいいと、カラールは思う。


「当たり前だ、嫌いに決まってる」


 はっきりと言い捨てると、勇者はカランと手にしていた剣を滑り落とした。


(な、なんだ……?)


 もう演技は必要ない。

 普段の勇者に戻って、戦闘に入るものだと思っていたのに、カラールの目には自分の言葉で傷ついているように見えた。


(い、いや、気のせいだ)


 紫色の目から、なんだかどんどん光が消えているように見えるのも、きっと気のせいだ。


「……嫌い――カラール、わたしの事、嫌い……」


 がくん、と勇者は突然糸の切れた人形のように頭を垂れた。そして、消え入りそうな声で呟いている。

 訝しんだカラールは、よせばいいのに声をかけてしまった。


「……お、おい? ――ひぃっ!」


 呼びかけに答えるようにぐりん、と勢いよく顔を上げた勇者。

 その顔は、まったくの無表情で目に光が無かった。しかし、限界までに目は見開かれていて、唇は小刻みに動き何事かを呟いている。

 カラールがうっかり悲鳴を上げてしまっても仕方が無いほど、勇者の姿は見る者の恐怖心を煽った。


「こうなったら、もう――か、ない――きんして、ずっ――……」

「なに?」

「カラール、安心して! 鎖で繋いでずっと一緒にいれば、照れ屋なカラールも素直になれるから!」


 急に明るい顔で笑って見せた勇者。同時に、じゃらりと金属音がする。

 勇者の手には、いつの間にか鎖が握られていた。


「さぁカラール、右手を出して? 手錠、がっちゃんしよう?」


 うふ、と笑う勇者には邪気が無い。

 だが、目には光が全くない。


「誰が出すか!」

「ん? 左手でもいいよ?」

「左右の問題では無い! ……おい、そのおぞましい物を持ったまま、僕ににじり寄ってくるな……!」


 じりじり、まるで昨日の再現だ。

 勇者は、光の無い目でカラールを凝視しながら、口は隠しきれない笑みを浮かべて距離を縮めてくる。


「大丈夫、痛くないし、怖くないよ? カラールは、わたしの大事な人だから、ひどいことしたりしない。だから、ね?」

「なにが、ね? ――だ! おい、貴様、僕にそれ以上近付くと、火の玉ぶつけるぞ」

「うふふ、カラールったら……。わたし、知ってるよ? 嫌よ嫌よも好きのうち、っていうんだよね? そんな駆け引きめいた事しなくても……わたしはカラールしか目に入らないのに……ふふふふふ、かわいいんだぁ」

「やめろ! 訳の分からない妄想を、今すぐやめろ! 嫌だ嫌だは、本気で嫌なんだよ! 都合の良い解釈するな!」


 もう、なりふり構っていられない。

 警告はしたのだと、カラールは手のひらに拳ほどの大きさの火の玉を作り出すと、勇者の足元を狙い投げつけた。

 一瞬でも怯んでくれればいいと思ったのだが、敵は全く意に介さずにじり寄ってくる。まずいと思ったカラールは、今度は威嚇などとなまっちょろい事など止め、攻撃の意図を持って火の玉を投げつけた。


 一発、二発、三発。

 だが。


「なんだと……!?」

「照れ屋な所も、だーい好き……もっと近くで、いろんな顔が見たいなぁ」


 無傷の勇者が、至近距離でささやきかけてきた。

 一瞬のうちに距離を詰められた事に驚愕し、耳元で聞こえた声に腰が抜ける。


「ぎゃあああああああっ!」

「びっくりしたカラールも、素敵」


 うっとりされても、嬉しくもなんともない。

 腰が抜けたカラールは、もはや追い詰められたネズミであった。ならば勇者は、獲物を弄ぶ猫だろうか。


「さぁカラール。二人の愛の巣に行きましょう。気に入ってくれるといいなぁ」

「ふ、ふざけるな! 僕は……っ、僕は貴様の思い通りになんてなるものか!」


 手錠をカチカチ言わせながら、勇者の手が伸びてきた。

 腰が抜けていようとも、カラールは必死に虚勢を張る。

 その様を、勇者は嘲笑したりしなかった。ただ、感嘆のため息をこぼし、ますます熱っぽくカラールを見るのだから、意味が分からない。


「勇ましい貴方も、輝いてる」


 飴をとかしたような、とろんとした眼差しで見下ろされ感じたのは、生憎ときめきなんて可愛らしいものでは無く、もっと切羽詰まったもの……――身の危険であった。 

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