三話 勇者の愛はかなり重い
――この世は、醜い物で満ちている。
リリィにとって、これは揺るぎない真実である。
王だろうが、姫だろうが、王子だろうが、騎士だろうが、貴族だろうが、平民だろうが、老若男女問わず、全ては醜悪な化け物だ。
目玉が沢山あるぐちゃぐちゃした物体だったり、体中から手が突き出している何か、腹に大きな口があり常によだれを垂らしている物など、形状は様々だがどれもこれもが不気味だ。
そんな生き物たちが「自分たちを脅かす、醜い魔族共を殺せ」と言うのだから、おかしい事この上ない。
貴方たちは鏡で自分の姿を見たことが無いのと言ってやりたい。
世界で一番美しい王国などと言われているリリィの故郷は、そこかしこに血の塊がこびりつき、無数の手形が浮かんでいる。
象徴たる王城にいたっては、荘厳の名を鼻で笑いたいほど酷い惨状だ。庭には花の代わりに髑髏が咲き、城の壁からは沢山の顔がのぞいている。どれもこれもが苦悶に満ちた表情で。
他者が美しいと断言するものは全て、リリィにとっては醜悪の極み。
こればかりはもう、どうしようもないと思っていた。なにより、罰なのだから、しょうがないと受け入れていた。
そしてリリィは十数年間、醜いものに囲まれて。おぞましいものを目にし続け生きてきた。
――それは、口だらけの化け物と、目と鼻と口が後頭部に付いている生き物と、目と口から金色の花を咲かせた木の何かと引き合わされ、一緒に旅に出なさいと言われてからも変わらない。
醜い化け物を助け、感謝される。そして化け物達は口々に、はやくあの醜くおぞましい魔族達を滅ぼしてくれとさらなる懇願をする。
その度に、化け物じみた姿はますます醜悪を極める事になるのだが、誰もがそのことに気が付かない。
だから、リリィも気にとめない。
これは罰なのだからと目を背けることもせず、ただ眺め続ける。
けれど、こんな罰もう慣れてしまった。
初めは怖くて仕方が無かったのに今はただ、こいつもかと流すだけだ。
リリィの目にはもう、人が映らない。
――映らない、はずだった。
カラールと名乗った、魔王軍の術士。
彼は、十年ぶりにリリィの世界を彩った。
彼の周りだけは、普通の風景に見えた。
真っ直ぐに自分を見つめる彼の瞳に、挑戦的に自分を呼ぶ声に、リリィの胸は高鳴った。
ずっと罰だと思っていた世界で、燦然と輝く魔王軍の炎使い。
なんて美しい光景だろう。なんて感動的な再会だろう。
カラールを、《彼》だと認めた瞬間。
あぁ、運命だ――リリィは疑いも無く、そう信じた。
◇◆◇◆
「熱烈愛してる、激烈愛している、熱烈愛してる、激烈愛してる、熱烈愛してる、激烈愛してる…………ふふ、熱烈愛してる……うふふふふふ、カラールったら情熱的……」
何度目かの花占いを終え、リリィはほくそ笑んだ。
満足して空を見上げれば、まん丸い月が顔を出している。
花も、月も、普通に見える。
醜くも無ければ、おぞましいとも思わない。
なんて素晴らしい事だろう。
全ては、カラールのおかげだ。
彼に出会ったから……いいや、再び巡り会えたから、この目は美しいものを映すようになったのだと、リリィは信じている。
(カラール、はやく会いたい……)
今日は、恥ずかしがって帰ってしまったが……次は求婚の返事を、聞かせてくれるだろうか?
明日が待ち遠しくて、草の上に寝転がり目を閉じる。
花の香りに包まれて、リリィは久方ぶりに幸せな夢を見た気がした。