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二十三話 君が好きだと言ったなら

 任務を仰せつかった翌日。

 カラールはリリィを伴ってビュティア王国にいた。

 路地裏から、通りの人波を眺めていると笑い声がカラールの耳をくすぐる。


「うふふ、カラールとお出かけなんて、夢みたい……!」

「フードを取るな」

「うん、ごめんなさい。とらないから、手を繋いでもいい?」


 ――結局あの後、カラールの任務に、リリィは一切戸惑うことなく「一緒に行きたい」と答えたのだ。

 躊躇無い返答に、逆にカラールの方が困惑した。リリィは嬉々として着ていく服を考え初め、遊びに行くのでは無いと説明しても、あっけらかんとした笑顔で「わかってる」と答える始末。曰く、どこに何をしに行くかよりも、“カラールと一緒”であるかどうかが大事だと。

 まさかそのままでという訳にはいかず、きらきらする銀髪は染めて、念のためにフードを被って貰うという話は出来たが……結局、彼女に目の事は聞けなかった。


 そして今、リリィは上機嫌で手を繋いでくる。

 勇者として剣を振ってきたにも関わらず、白くて細い手だ。傷も肉刺もない、女性らしいやわらかい手が、ぎゅっと握りしめてくる。


「……大丈夫か?」

「何が?」

「…………いや、ここはお前の故郷だから……その……」


 まさか、道行く人が化け物に見えて辛いだろうなんて馬鹿正直に聞けるはずも無い。

 カラールは、敵相手ならば躊躇せず辛辣な物言いをする。それで相手を傷つけたとしても「ざまぁみろ」で終わる。

 勇者にだって、散々な事を言ってきた自覚がある。

 けれど、平素の彼は、どちらかというと女性に優しい男だった。傷つけるような事を、不躾に口に出す、そんな配慮に欠ける真似は逆立ちしても出来ない。

 だが、上手く誤魔化す事もさりげなく聞き出すような話術も無いため、カラールは“あと一歩の男”などと呼ばれているのだが……本人は無論知らない。

 そして、リリィも冴えないと小馬鹿にするような相手ではなかった。彼女は、率直に「どうしたの?」とカラールの顔を覗き込んだのだ。


「い、いや……」

「…………」


じーっと紫の双眸に見つめられ、カラールはたじろぐ。

リリィから、一言一句聞き漏らすまいという気迫が伝わってくるのが、また忍びない。


「……もしかして」


 やがて、繋がれていた手が解かれて……薄紅色の唇から、小さな呟きがこぼれた。


「――カラール、気分が悪いの?」

「……え?」


 チャキッ、とフード付きの外套の下で剣が音を立てる。


「目障り? 気持ち悪い? ――消す?」

「いや、違う……僕は……!」

「どれからいく? ブヨブヨ? デロデロ? ネチャネチャ?」


 一体、なんの三択だと思ったが……リリィの視線は、フード越しに道行く人々に向けられていた。 

 ぞくりと、カラールの背筋が寒くなる。

 彼女の目には、やはり“そいういう風”に見えるのだ。

 平気そうに見えるのは――これが、彼女にとって当たり前だったからだ。

 慣れたと言ってしまえばそれまでの……地獄だ。


「いい」


 カラールは、剣に手をかけた少女の手を包んだ。


「か、カラール……!?」

「そんなもの、放っておけ」


 ぎゅっと自分から手を繋ぐ。


「僕を見てろ」


 リリィの頬に朱が差して……それから、パッと笑顔になった。


「見ててもいいの?」

「あぁ、好きなだけ見ろ」

「ほんと? じゃあ、ずっと見てるよ? カラールのこと、毎日毎晩ずーっと見てる! おはようからおやすみまで、一日も欠かさず見つめていてもいい……!?」

「……それはちょっと飛躍しすぎだ」

「……だめなの?」


 しゅんとしたリリィの手を、カラールはくいっと引っ張った。

 力に逆らわず、くっついてきた彼女の頭に手を置く。


「どうせこれから先、毎日一緒にいるんだ。いちいち宣言しなくても、飽きるだけ僕の顔を見る羽目になるさ」

「――…………」


 リリィが、瞳を見開いた。

 こぼれ落ちそうな大きな目に凝視され、耐えきれなくなりそうになって、抱きつかれた。


「お、おい……!?」

「好き」


 ぎゅうっと背中に回された腕に力が込められる。


「好き、好き、大好き、愛している」

「…………」


 なぜだろう。

 リリィの声が震えている。

 細い肩も、小刻みに震えていた。

 寒いのだろうか、なんて考えると……服に濡れた感触があった。


「……泣き虫め。お前、やっぱり泣き虫じゃないか」


 呟くと、咎められたと思ったのか華奢な体がびくりとはねた。

 そうではないと伝えるように、カラールはリリィに腕を回した。


「――でも、好きだぞ」


 その言葉は、驚くほど自然に出てきた。


「……っ……」


 リリィが息を呑む。

 一度口に出すと、しっくりときた。ようやく自分の感情に付ける名前が見つかったと。

 この、嘘偽り無い少女のことを、自分は好いているのだ。


「泣き虫でもなんでも、……僕はお前が好きだ」


 はっきりと言葉にすると、リリィはおずおずと顔を上げた。


「か、カラール、それ……っ、ほ、ほんと……?」

「こんな恥ずかしい嘘、頼まれたってつくものか」 

「じゃあ、もう一回言って……!」

「お前が好きだ。……だから、お前は僕のそばで、僕と一緒に生きろ」

「うぅ……カラール……! 大好き! 結婚して……!」

「あぁ、いいぞ」


 頷けば、リリィは目をまん丸くした。


「約束しただろう」

「……う、うん……! うん! した……!」

「だったら、さっさとこの件を片付けて、帰るぞ」

「うん!」


 泣きながら笑うなんて器用な奴だと、カラールが涙を拭ってやると、彼女は感極まったのかまた泣いて……。

 その姿は、普通の女の子にしか見えない。

 

 戦うために、カラールを守るために、こんな仕事にまでついてきた少女。

 下手をすれば、自分の父親と対面する事となるかもしれないのに。


(連れて行ってもいいのか……?)


 自分を慕ってくれる者を。

 好きな相手を。

 惨い事になると分かっている場所へ、連れて行くのは善だろうか。

 

 ――たとえ、どんな人間であれど、リリィにとっては親に違いないのに。

 

 リリィに対する情から生じた躊躇。それが、判断を狂わせた。

 “幸せな家族”を知るカラールは、自身の基準で物を考えてしまった。


「リリィ」


 ぐっと眉間をしかめたカラールが名前を呼ぶと、リリィは躾られた犬のように大人しく待っていた。


「なーに?」


 薄く笑みを浮かべ、こてんと首をかしげた少女は、じっとカラールに視線を注ぐ。


「ひとまず、宿に行くぞ。そこでこれからの事を…………」


 連れて行けない。

 カラールは自身の中でそう結論を出した。

 幸い、つながりのある宿がある。そこならば、リリィを待たせていても安心だ。

 宿に向かい、彼女を説得しようとカラールは考え、ぽんと頭を撫でて歩き出す。

 背中にリリィが抱きついてきた。

 彼女に抱きつき癖があるのはすでに分かっていたので、カラールは深く考えず――全く警戒せずに、声をかけた。


「どうした? はやく移動しないと……」

「嘘つき」

「……は?」


 背後から聞こえた声は、咎めるような響きを持っていた。どういう意味だと尋ねる暇も無く、互いの体温を感じるほどにくっついているリリィが続ける。


「今、眉間にシワがよってた。……お義母様が言ってたよね? それは、カラールが考え込んでいるときの癖だって」


 何を考えていたか、あてて上げようか。

 少女の笑い声が、カラールの耳朶を打つ。


「わたしをどうやって置いていこうか……そうでしょう?」

「リリィ、それは……!」

 

 思わず振り返ろうとするが、リリィが抱きしめる腕の力を強めた。


「うふふふふふふふふふ……。だめだよ。あなたを、お父様のところには、行かせない…… 行かせられない」

「お前、何を……」

「大好きよ、カラール」


 ズブリと、腹部に何かが突き刺さった。

 熱い塊かと思ったが、それは冷え冷えとした銀色の刃で、後ろからまわされた白く細い手がしっかりと握っていた。

 痛みを熱だと誤認したのか……奇妙に冷静な頭がそんな答えを出す中、ずるりと刃が引き抜かれる。

 こぷりと溢れた赤い液体にまみれ、カラールはがっくりと膝をついた。


「あなたとお父様を、二人にするくらいなら……わたし……どんな事でもするわ。そう、どんな事でも」


 ついさっきまで、真っ白だった少女の手まで、赤く染まっている。けれどリリィは汚れたままの手でフードを後ろに追いやり、顔をさらした。


「痛い? でも、あなたが悪いの。わたしを置いていこうとするから。お父様に、一人で会おうなんて考えたりするから」


 彼女は怒っても、泣いてもいなかった。ただ微笑みを浮かべ、カラールを見下ろす。


「――穢れるわ」


 奇妙なほどに、静かな声で。


「……そんな事、わたしは絶対に許さない」


 痛いくらいの熱を孕んだ声で、少女は最後の言葉を囁くと……、カラールにもう一度刃を振り下ろした。

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