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二十話  まるで普通の恋みたい

「カラール、おはよう! ごはんにする? お風呂にする? それとも、リリィにする?」

「寝言は寝て言え。あと、いちいち僕の上に乗るな、邪魔だ」

「むぅ……カラールは最近驚かない」


 二人揃って馬鹿みたいに泣いたあの日から、リリィは少し明るくなった気がする。もともと遠慮が無かったように見えるが、本人曰く自制していたらしい。より積極的かつ、生き生きとした表

情で絡んでくるようになった。


 他愛ない会話をして、じゃれ合って、揃って食卓について食事を取る。


 何でも無い日々だったが、リリィはこんな毎日を心底喜んでいるようだった。

 今日も、食卓へとカラールの手を引く彼女の足取りは弾んでいる。


 その様子を面はゆい気分で見つめながら、カラールはリリィの予定を確認する。


「今日は、魔王様のところへ行く日だな」

「うん!」

「僕は、いつもの部屋で仕事しているが……」

「終わったら迎えに行くね!」

 

 頷きつつ、カラールは気がかりな事があった。


「……その……大丈夫か?」

「え?」

「……他の魔族に、なにか言われたりしてないか? ……からまれたりとか……」


 リリィは勇者だ。

 人間側から魔族側に寝返った形だが、彼女が勇者として魔族側にもたらした被害は決して少なくない。

 だから、悪感情を持つ者がいても全くおかしくないのだが、リリィはけろっとした顔で首を横に振った。


「ううん。全然」

「……そうか」


 一応、協力の体を取っているのだから、その辺は魔王が上手く調整しているのかもしれない。

 カラールは、少しだけ安心した。


「……心配してくれたの?」


 心なしか弾んだ声で尋ねられ、カラールはばつが悪くなる。


「誰がするか」

「……あ、照れてる」

「照れてない。寝ぼけてるのか、今すぐ顔を洗ってこい」

「はむっ!」

「ぎゃあ! い、いきなり何するんだお前は!」


 カラールは思わず耳を押さえ飛び退いた。

 ちょっと油断していたら、いきなり耳を甘噛みされたのだ、照れと怒りが混じった顔は、普段の不健康色が嘘のように真っ赤だろう。


「味見?」

「なんだよ、味見って! 疑問系で言うな! 僕が知るか!」

「正直に言うと、ムラムラしてやった。反省は一切しないけど、欲を言えばもうちょっとペロペロしたかった」

「反省しろよ! あと、朝から真面目な顔でムラムラとかペロペロとか言うんじゃない! ――おい待て、なんだその手は? なんで指をわきわきさせながら、僕に近付いてくる?」


 説教していたカラールは、いつぞやの光景の再現のように近付いてくるリリィに、若干腰が引けた。


 キランと、リリィの目が光る。


「むふふふふ」

「お、おい、なんだその笑いは……!?」


 カラールにぴたりと体を寄せ、胸板やら腹やらをまさぐったリリィは、怒られる前にとんでもない発言をした。


「ねぇねぇ、カラールも、わたしを味見していいよ?」

「はぁ!?」

「リリィ、今が食べ頃。おいしいよ?」


 自分でちょっと衣服をずらし肩を見せる美少女。

 男なら理性を揺さぶられるが――。


「~~っ! 真面目な顔で、朝っぱらから、くだらない事言うな! さっさと支度しろ!」


 カラールは踏みとどまった。なにげに、彼の理性の糸は、頑丈なのだ。

 残念、とリリィは唇を尖らせる。


「今日もカラールを誘惑出来なかった」

「…………お前、どこまで本気なんだよ」


 ようやくおかしな空気が消えた。リリィも、不必要に体を押しつけてこない。

 ほっと息を吐いたカラールが、疲れたように呟けば、リリィはきりっとした表情で言った。


「わたしは、いつだって全力勝負。四六時中カラールを狙ってる」


 ――シャレにならない。

 咳払いしたカラールは、リリィの額をぴんっと指先で弾く。


「いたい~……」

「変な事ばかり言うからだ。……お前は女なんだから、言動にもう少し慎みを持て」

「ふむふむ。――カラールは清純派が好み、と」

「誰がそんな話をした」

「今後の方向性を決めるためには、大切な事」


 やたら気合いの入っているリリィ。

 なんだそれはと脱力し、カラールはぽすんと彼女の頭に手を置いた。


「お前は、それでいい」

「え?」

「そのままでいい」


 ぽぽっとリリィの顔が、朱に染まる。


「そ、そうなの? わたしのままで、いいの?」

「あぁ」

「そっか、うふふ……そうなんだぁ……ふふふふふ」


 幸せそうなリリィだが、カラールの内心はこうだ。


(変な方向に暴走されたら、たまらないからな。こいつは、大真面目にボケるから、大変だ)


 渾身の口説き文句にしか聞こえない彼の言葉は、実は色っぽい意図などなにもない。

 けれど、そんな事は知らないリリィはご満悦で、にやけている。

 大人しくなったので、カラールも一安心してもう一度頭を撫でた。


「にひひひ」

「ほら、笑ってないで、食事にするぞ」

「うん!」


 ――なんとも甘酸っぱく、幸せな朝だった。あくまで、リリィにとっては、だが。

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