二話 ヤンデレ勇者と戦々恐々の面々
星が散りばめられた、美しい夜空の下。
テントを張って野営中の勇者一行は、一人だけ焚き火からはなれ、切り株に座っている少女の方へ、おそるおそる視線を向けた。
「……好き、大好き、好き、大好き、好き、大好き、好き、大好き」
ぼそぼそ聞こえてくる声と、ぷちぷちむしられている花弁から、花占いをしていると推測出来るのだが……。
(どうしよう、アタシの知ってる花占いと違う……!)
(……今日も病んでるな、勇者殿)
(あぁ、主よ! どうか、あの罪深き者に清めの慈悲を!)
魔法使いの少女は、ちょっと青ざめつつ隣のたくましい戦士の胸板にすがりつく。
すがりつかれた方は、少女の薄い体を難なく受け止めつつ、遠い目をする。
神官の女性は、そろそろ許容範囲を超えつつある勇者の異常行動におののき、神に救いを求め始める。
「大好き、愛してる、大好き、愛してる、大好き、愛してる」
その間にも、花占いの文言がまた変わっていた。
三人は顔を見合わせると、ため息をついた。
ちょっと聞いている方の神経がやられそうな花占いは、まだ終わらない。
それを確認して、戦士がこそっと他の二人に話しかけた。
(次にあの男が出てきたら、一斉にかかって捕まえるぞ)
(リリィの抑止力、だよね?)
(……気の毒ですが、これも平和のためです)
勇者リリィは、強い。一騎当千の実力者だ。まさに、人族最強。類い希なる傑物である。
ただし、いささか性格に難があった。
淡泊で無関心。行動力に欠ける。天才肌ではあるが、故にありとあらゆる物事に対し、熱力が不足していた。
勇者になろうが「はぁ……」といまいち気の抜けた返事しかしなかったのだから、国が不安視し、仲間をつけた。
彼らの仕事は、淡泊な勇者をなんとか魔王の元へ誘導する事である。ついでに、あちこちで事件を解決させ、人に感謝される喜びを知ってもらい、勇者としての使命感的な何かに目覚めて貰おう! という、勇者殿真人間更生計画的な思惑もあった。
だが、残念な事にリリィは効果が無かった。
それどころか、寄り道していたせいで、彼女は人々が意図しない者へ興味を抱いてしまったのだ。
カラールという、ぱっと見は顔色の悪い痩せた青年。だか、その正体は人の宿敵である魔族。魔王軍獣面のグラマツェーヌが配下、《炎花》の二つ名で呼ばれている術師なのだ。実に珍しい事に、初対面でリリィは彼の名前を記憶していた。
二度目に会った時は、自ら彼の名前を呼び、自己紹介をした。
いつの間にか、彼女は自ら率先して寄り道をするようになった。厄介事を頼む人がいれば、快く引き受ける。おかげで勇者一行の株は爆上がりだったが――三人は、知っていた。
厄介事の先にカラールが待っていなければ、リリィがもの凄く苛立つ事。
魔族の名を騙り、悪事を働いた人間には、一切容赦なくお仕置きする事。
――正道を歩む勇者様と、何も知らない人々は彼女を持ち上げたが、一行はリリィの本音を聞いていた。
『カラールは、こんなくだらない事しない』
あの魔王軍の若者を、好敵手と認め一目置いている――なんて、温い事を考えていた時期もあった。
だが違う。
断じて違う。
リリィが、あの顔色の悪い若者に向ける感情は、爽やかでも甘酸っぱくもない。
リリィから尋常ならざる執着心を向けられている彼が、もしも気付いてしまい、勇者を篭絡して魔王軍へ取り込もうと考えれば……――事は容易に思えた。
そうなる前に、手を打たなければいけない。
人族最強を手放すわけにはいかないと、勇者一行とお偉いさんたちはあれこれ考えて、逆にあの魔族をこちら側に取り込んでしまう事を思い付いた。
しかし、相手は魔族。言って聞くはずがない。
だったら、問答無用。力ずくで打ち負かし、弱ったところをひっとらえ、後は勇者に与えて飼い殺し……――と、なかなかゲスい事を思いつき、実行しようとしていたのだ。
計画は今日、成就するかに見えたが、見るからに不健康そうな若者は、意外にもしぶとかった。
彼は見事勇者から逃げおおせ、計画はいったん中止。勇者はごらんの通り、病み病み花占いの真っ最中という訳だ。
(リリィって、美人だけど変だよね)
(変っていうか、アレだよな?)
(おぉ、アレなのが勇者なんて……神は我らになんという試練をお与えに……!)
気がふれそうな花占いの文言は、いつの間にか愛してると、超愛してるの二択に変わっていた。
まだ終わりそうにないそれを、子守歌代わりに眠る事などできる筈もない。
延々と続きそうな花占いを誰が止めるのか?
もめた三人は、負けた者が勇者に声をかけると決め、真剣勝負のカードゲームを始めたのだった。