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十八話 砕けた幸せの味は甘い

『おにいちゃん! カラールおにいちゃん! みてみて!』


 きらきらした銀色の髪をなびかせた女の子が、花を手にし駆け寄ってくる。


『むこうにね、たくさんさいてた! とってもきれいだったから、おにいちゃんに、あげるね!』


 得意満面の笑顔で、ずいっと差し出されたカラールは、薬草を摘む手を止めた。


『…………』

『おはな、きれいだよ!』

『…………』

『きれい……だったの……だけど、……いらない?』


 呆気にとられて反応がおくれると、今まできらきら輝いていた笑顔が曇り、大きな目がどんどん潤んでくる。

 正直、花を貰ってもどうしていいか分からない年頃のカラールだったが、懐いてくるこの子を泣かせる事は嫌だったので、慌てて差し出された花を受け取った。


『い、いるぞ! 欲しい! もの凄く欲しいから、泣くなよ!?』

『……ほんと?』

『ほんとうだぞ! えぇと、なんだ……、きれいだな?』


 他にどう言えば良いのかわからないカラールは、無難な答えを口にした。

 けれど、それだけで嬉しかったのか再び満面の笑みを向けられる。


『えへへ、リィ、おにいちゃんだいすき!』


 ぴょこんと抱きついてくるのを受け止め、カラールは「はいはい」といつも通りの返事をして、頭を撫でる。

 ある日、森で迷子になっていたリィという少女は、こうして度々カラールの前に“遊びに”あらわれるようになった。そして、気が付けばここまで懐かれてしまった。


『あのね、あのね、リィおおきくなったら、おにいちゃんのおよめさんになりたい!』

『はぁ!?』

『いいでしょ?』

『…………お前が、か?』

『だって、だって、リィはおにいちゃんだいすきだもん! およめさんになれば、ずっといっしょでしょ?』


 まぁそうだな、と言いながらカラールは、リィから受け取った花を手元でいじる。


『でも、お前、泣き虫なお子様だからな』

『リィ、なきむしじゃないもん!』

『さっきだって、泣きそうになってたじゃないか』

『ちがうもん! いつもは、ちがうもん! おにいちゃんのまえでだけだもん!』


 ムキになったように膨れて否定するリィに、カラールはとうとう吹き出した。


『いいぞ。……お前が、前に言った通り、強い大人になったらな』

『ほんと!?』

『僕は、嘘は言わない。――約束通り、嫁にしてやる』


 ほら、とリィの前に突き出したカラールの手には、先ほど手渡された花を編んで作った指輪がのっていた。


『これ、けっこんしきだよね!?』


 いっそう目をきらきらさせ、ふにゃふにゃと溶けそうな笑顔を浮かべたリィは、いそいそと嬉しそうに指輪をはめた。


『自分ではめるのか』

『あ! おにいちゃんのぶんがない!』

『僕のはいらない』

『……じゃあ、リィがおおきくなったら、おにいちゃんのぶんのゆびわ、もってくるね!』

『…………は?』

『ちゃんと、けっこんしてくださいって、いいにくるからね? ……そしたら、ことわっちゃヤだよ?』


 もじもじしながら、ませたことを言い出した年下の女の子。

 カラールは、そこは普通逆なんじゃないかと思ったが、リィは絶対に指輪を持って結婚の申し込みをすると言って聞かなかった。


 なんでこんなに懐かれたんだろう。

 そう思うものの、嬉しいのも事実だった。


 ある日助けた、迷子の女の子。

 初めて出来た、友達。

 子供同士の拙い約束事だったが、この時二人の気持ちは同じだった。


『これは……やくそくのしるし!』


 勢いよく、リィがカラールの唇に、自分のものを重ねた。ごつん、と額がぶつかったため、二人はすぐさま離れて自分の額をおさえる。そして、目が合うとどちらともなく吹き出した。


『やくそくね、おにいちゃん。リィのこと、ちゃんとまっててね。それで、おおきくなったら、こんどは、ちかいのちゅーをしようね!』

『……約束に、誓いに……忙しいな、お前は』

『……してくれないの……?』


 カラールが、ちょっと意地悪く言うと、リィはうるっと目を潤ませる。


『い、いや……誰もしないとは言ってないだろ……! ……いちいち泣くなよ!』

『ないてないもん……!』

『……泣きそうじゃないか。……悪かったよ。お前が大人になったら、誓いのキスでもなんでもしてやる、約束だ』


 カラールが頭を撫でると、リィは溢れんばかりの笑顔で何度も頷いた。


 大人になるまで……――少なくとも、まだまだこれからも、一緒にいられるものだと思っていた。

 けれど、別れの日は前触れ無く訪れて、カラールから全てを奪った。

 

 優しい両親も、森の中の静かな暮らしも――初恋だったかもしれない女の子との思い出も、全部。


 火の手が上がる森の中を逃げ惑い、グラマツェーヌに救われた後、カラールが見たのは、森を焼き払い悠然と帰還する兵の隊列だった。


 立派に飾られた馬。騎乗する男が槍の穂先に高々と掲げているのは、両親の首だった。

 二人の目は、もう濁ってしまい、どろんとしている。

 そして、男の前には一人、女の子がいた。

 

 きらきらした、銀色の髪の――。




「――!!」


 勝手知ったる我が家の長椅子の上で、カラールは弾かれたように目を開けた。

 酷い悪夢を見た気がして、どっと汗が出る。ついでに、胸の辺りが、重い。

 悪夢の延長だろうかと思って起き上がろうとすると。


「……むぅ……」


 間の抜けた声が聞こえて、思わず動きが止まってしまう。


(……おい、まさか、この展開は……)


 恐る恐る、視線を向ける。

 すやすやと、穏やかな寝息が聞こえてくるのは、もはや気のせいでは片付けられない。


(悪い夢は、お前のせいか!)


 自室の寝台を貸したはずなのに、なぜかリリィが人の体を枕にし、幸せそうに眠っていた。


「……馬鹿なのか、こいつ。お互いに寝心地悪いだろうが」


 悪態をつきながら額に手を当てる。伝わってくる温度に、どうやら熱は無いようだとカラールは安心する。

 そして、しげしげと眠っている少女の顔を観察した。


 こうして目を閉じていれば、余計に儚さが際立って、壊れ物のように思えてしまう。

 迂闊に触れたら、そのままさらさらと崩れてしまいそうな繊細さだが、実際はちょっと引くほど逞しい事を、カラールは知っている。

 

(この顔に騙されたら、酷い目にあうな……)


 この見目で、まさか、言動が言い表しがたいほど風変わりだとは思わないだろう。

 

(僕も騙されたからな)

 

 思い出して、くすっと笑う。

 すると、リリィはうにゅうにゅと顔をしかめた。小さな子供がむずがっているような行動に、カラールはますます笑ってしまう。

 笑い声が届いたのか、リリィはぱちりと目を開けて、パチパチと数度瞬きをした。

 そして、とろんとした紫色の目でカラールを見つめ、幸せそうに笑って言った。


「……おはよう、おにいちゃん……」

「――え……?」


 自然に出てきたのであろうその呼び方に、カラールの中で、何かが警鐘を鳴らした――。 

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