十七話 少女の恋心は、思ってたより根が深い
「あの勇者は、禁術を元に作られた人間だ」
魔王城に集められた四天王は、たったいま魔王から“勇者の正体”を聞き、そろって顔をゆがめた。
「勇者の状態を見るに、本人ではなく、母親が禁術の対象だったのだ。投与されたのは、呪い石の成分や、魔力がある我らが同胞達の心臓だろう。覚えがある者もいるだろう? 百年前に禁忌とされた、あれだ」
あのときは、最強の兵士を作るためというお題目をうたっていた。結局、呪い石に人の体が耐えきれず、投与された人族の若者達は悲惨な死に方をしたが。
「なんと……」
「……近年、あの国周辺で魔物狩りが激化したのは、これが目的でしたか」
同時に、耐性をつけるためと魔族の心臓も狙われた。多くの魔族と人族が死んだ。
「今回は、誰かが引き継いだのだろう。……おそらく、あの娘の父親だ。――身重の女に禁忌の術を施し、生まれてくる赤ん坊を最強の兵器にしようとしたのだ」
そして、おぞましい目論みは成功してしまった。
勇者リリィは、人族でありながら高い身体能力と魔力を持ち、呪い石にも耐性がある。いや、母を介して受け取り続けた呪い石の成分は、胎児の中へ蓄えられた。
リリィの力の源は、呪い石。彼女の体の中には呪い石の力が巡っている。だから、魔王はリリィと対峙した時、彼女の状態を“新たな呪い石”と表現したのだ。
「我らを化け物と蔑むくせ……! 自分たちがしている事が、どれほど醜悪か分からないなんて……!」
「……魔王様、して勇者は今どこに?」
怒り、悲しみ、哀れみ――各々様々な反応を示す中、グラマツェーヌは、玉座に腰掛け目を閉じている主を仰ぎ見た。
「……あの娘の事は、カラに任せてある」
やはりか、と納得したグラマツェーヌをよそに、他の三人は騒ぎ始めた。
「恐れながら魔王様、かような危険人物は、我ら四天王の監視下に置くべきではないかと」
もちろん彼らも、カラールの事はよく知っている。
同僚の部下であり、養い子でもある青年の力量を侮っているわけでは無いが、決して過信もしていない。
勇者が本気で攻勢に出れば、武術はからっきしなカラールが簡単に制圧されてしまう事は、明白だ。
国や民、そしてカラール自身の安全を考えれば、相応の実力者達が監視したほうが断然良い。
しかし、魔王は首を横に振った。
「ならぬ」
「魔王様……!」
「あの娘は、自分が“おかしい”事を自覚している。純粋な人間では無い事も、とうに理解している。……それでも、平然とした顔で“勇者”として剣を握り、我ら魔族の前に立ち塞がり続けたのは、なぜだと思う?」
「……人族が、恐ろしいからですか?」
しばしの沈黙の後、吸血族の女が答えた。いいや、違うと魔王は否定する。
「そうであれば、どれだけよかったか」
「では、完全に人族の支配下におかれているからでしょうか?」
不死族が骨をカタカタ鳴らしながらたずねた。幼い頃から、兵器として育てられれば、人族に従順で盲目的になるだろうと予想したのだが、またしても、魔王は首を横に振る。
「まさか……それでも、人族を好きだとか……」
一人、巨大な水槽に浸かっていた海族が水面から顔を出し、呟いた。その顔には、だとしたらあまりにも不憫だという気持ちがありありと浮かんでいる。
全員が同じ気持ちになったのか、視線が魔王へと集中する。
「違うな」
安堵しつつも「だったらどうして?」と、戸惑う同僚たちの中で、グラマツェーヌだけは、そうだろうなと納得した。勇者の姿を思い浮かべる。
あの勇者……彼女にとって、意味があるのはカラールだけだった。なにせ、ぞんざいに扱うなと吠えたほどだ。
あの様子を見れば、彼女の中にあるだろう天秤が、人族に偏っているとは思えなかった。
「グラマツェーヌ、そなたはどう思う?」
魔王に視線を向けられたグラマツェーヌは、恐れながらと口を開いた。
「我が息子のためかと」
困惑したような空気が、他の四天王の間で流れる。どんな親馬鹿だと思ったのかもしれない。
しかし、魔王だけは「うむ」と真剣な顔で頷いた。
「わらわも、そう思う。……あの執着は、それこそ異常じゃ。カラが望めば、あの娘は人族を滅ぼす事も厭わぬだろう」
きっと、眉一つ動かさず実行する。カラールの一言だけで、勇者は同胞を根絶やしに出来る。
魔王が淡々とした口調で呟くと、ようやく四天王達は「本当の事だ」と悟った。
「そんな娘から、執着の源を取り上げようとすれば……どうなると思う? ――我らに牙を剥くだろうな」
勇者はたしかに、危険だ。そして、カラールの戦闘能力は、勇者を遙かに下回る。
だが、勇者がカラールに執着している以上、彼が首輪の役目を果たし、勇者が敵に回ることを防いでくれる。
「まこと不本意じゃが……、これも民のため……そして、安寧なる世界のためじゃ」
四天王は、主の言葉に深々と頭を垂れた。
「――時に、グラマツェーヌ」
「はっ」
「……あの娘、カラとは昔なじみなのか?」
「……いいえ。そのような話、聞いた事がありませぬ」
「……そうか」
「なにか、気になることでも?」
「あの娘がな……、再会だと言ったのじゃ」
けれど、カラールも身に覚えが無いようだったと、魔王は思案するように顎に手を当てた。
「わらわの国に異物が入りこめば、感知はたやすい。カラが、この国にいる限り、あの娘と知り合う事は不可能に近い」
「…………」
「グラマツェーヌ、もしもそれ以前にあの二人が会っていたとすれば……娘の執着心は、わらわ達が考える以上に、根深いかもしれぬな」
暗に、カラールがこの国に来る前の事を指し示され――嫌な予感が、グラマツェーヌの脳裏をかすめた。