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十六話 勇者の歪んだ幸福論

『よくやった、リリィ。さすが、アレの腹から生まれただけあって、鼻が利くな。お前のおかげで、狩りは成功だ』


 どうしてだろう?

 リリィは考えた。

 

 どうして、おにいちゃんのお家が燃えているんだろう。

 どうして、おにいちゃんのおとうさまとおかあさまが、真っ赤なんだろう。

 きれいなお花も、あまい木の実も、おにいちゃんと一緒にとってきた薬草も、どうして全部めちゃくちゃなんだろう。


どうして?

 どうして?

 どうして?


『ほら、もっとよく見ろ。お前の初手柄だぞ?』


 どうして、おにいちゃんのおとうさまとおかあさま、からだがないの?


 リリィは、思った。


 ――どうして、リィのまわりに化け物がいっぱいいるの?


『魔族は殺せ、あの醜い化け物共を根絶やしにするんだリリィ。そのために、お前を作ったのだからな』


 父親の声で、化け物が笑う。


 自分が、この化け物達を森に連れてきてしまったと理解した瞬間、リリィの世界は醜く歪んだ。



◇◆◇◆



 ぱちっと目を開けたリリィは、視界に広がる見知らぬ天井を凝視した。

 なぜ自分は寝台で眠っていたのだろうと考えて――ふと、動きを止めた。


「…………」


 すんすん、と犬のように鼻を動かし……みるみるうちに、口元がだらしなく緩んだ。


(カラールの匂いがする……)


 だいぶ薄れているが、間違いない。魔王城で堪能した彼の匂いを忘れるはずが無い。


(うふふふふふふ)


 リリィは、枕をぎゅっと抱きしめると顔を埋めた。

 じたばたと足をばたつかせ、喜びを表す。


「――至福……!」

「……何がだ?」


 やりきった! と、充足感に満ちた表情で顔を上げたリリィに、ちょっと怯えたような声がかけられた。

 リリィが愛しい声を聞き逃す事など、決して無い。

 ぐりんと勢いよく首をそちらに向けると、枕を抱きしめたまま叫んだ。


「! 生カラール……!!」

「生ってなんだ、生って。乾燥した僕もいるのか」

「え――水で戻せば、いつでもカラールにさわり放題とか……なにそれ、欲しい……!」

「いらん! 想像を働かせるな、気色悪い!」


 つかつかとリリィの元へ近付いてきたカラールは、ずいっとコップを差し出した。

「なぁに?」

「目を覚ましたばかりだから、喉渇いただろ。水だ」

「カラールがわたしのために用意してくれた、水……!? ……どうしよう、心の準備が……!」

「なんで水を飲むのに心の準備がいるんだ。……別に変なものはいれてないから、安心しろ。それと、枕を離せ」

「だって一度カラールの手が触れたコップで飲む水だよ? きっと天上に湧き出ている水よりも甘露なんだろうなぁ……だってカラールが、わたしのために、ふふ、……うふふふふふふふふ」

「おい、だから枕を離せってば、リリィ」


 感極まり、枕をぎゅーぎゅーと締めていたリリィは、「え?」と間の抜けた声を上げ、動きを止めた。

 カラールは気にせず、リリィの腕から枕を抜き取ってしまう。かわりに、受け取れとコップを押しつけてきたのだが、リリィはまず頭が着いていかなかった。


「…………」

「……どうしたんだ、はやく受け取れ。……おい? ――おいっ! お前、顔真っ赤だぞ!?」


 訝しげに再度強めに声をかけたカラールは、リリィの顔を見下ろして叫んだ。


「なんだ、熱があるのか? 具合が悪いなら、早く言え……!」


 おろおろするカラールを目で追いつつ、リリィはこれは夢だろうかと自分の頬を強めにつねった。


「……どうしよう、痛い」

「そりゃあ、つねればな。……とにかく、お前は大人しく寝ろ」

「カラールの匂いがするここで? どうしよう、ドキドキしてきた」

「するな」


 間髪入れずに、つれない返事が返ってくるが、取り上げられたばかりの枕が寝台に置かれた。


「寝ろ」

「…………どうしよう。この夢、幸せすぎて、起きたくない」

「何言ってるんだ」

「だって、カラールがわたしの名前を呼んでくれたし……それに、すごく優しい」

「僕にだって、病人を思いやる良心くらいある」


 憮然とした顔で呟くカラールは、どうやら本気でリリィの体調が優れないと思っているらしかった。

 たしかに、今の自分の顔は熱でもあるのかと疑われるほど真っ赤だろうけれど……と客観的な判断をしつつも、リリィの視線は真っ直ぐカラールに向かう。


「嘘」

「なに?」

「カラールは、いつも優しい。誰にでも、優しい」

「……知った風な事をいうんだな」


 怒られるかなと思ったが、カラールは不思議そうにリリィを見下ろしただけ。


「知ってるもの」


 それだけ言うと、リリィは水を飲み干した。

空になったコップは、カラールがすぐに取り上げて、部屋を出て行こうとする。


「とにかく、お前はもう少し休んでろ」

「…………」

「あとでまた様子を見に来るからな、黙って大人しく寝てろよリリィ」

「――っ、はい……!」


 大好きな声で名前を呼ばれ、ついつい勢い込んで返事をすると、カラールは満足そうに頷いて部屋の扉を閉めた。


(ほんとに、優しい……)


 ぐるりと、部屋を見回して、リリィはもう一度寝台に突っ伏した。


 ここはきっと、カラールの部屋だ。

 名前を呼ばれた嬉しさのあまり失神した自分を、わざわざ運んでくれたのだろうと、遅ればせながら現状を把握する。


(どこに転がしておいても構わないのに……。自分の部屋で寝かせるなんて……)


 優しすぎる。悪い女につけ込まれそうだ。


(やっぱり、カラールの事はわたしが守らないと)


 決意を新たにしつつ、リリィは言いつけ通り目を閉じた。


(……貴方が優しい事は、わたしが一番よく知ってる。――森で迷子なんていう訳ありの子供を、怪しむより先に心配しちゃうくらい、優しい人だって)


 優しい優しいあの人を、今度こそ自分が守ってみせる。

 二度と誰にも傷つけさせない。


 ――リリィは心の中で、呟いた。

 

(だって、この再会は運命だもの。“おにいちゃん”も、望んでいたんだよね? ――だから、わたしに会いに来てくれたんだよね? こうして、罪を償う機会を与えてくれたんだよね? ねぇ、そうでしょう、カラールおにいちゃん……?)


 カラールのそばで、彼を守って、醜い物を根絶やしにする――なんて幸せな事なのだろう。

 リリィは寝台の上で、微笑んだ。

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