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十二話 勇者の目にも涙

 魔王城の一室にて、カラールはソファに腰掛け、苛々と足を揺すっていた。

 その横には当然のように勇者が座り、さきほどからベタベタとひっついてくる。 

 はたから見れば、仕事もせず女といちゃついてるように見えるだろう。だが、カラールはこの部屋にて、勇者の監視役を担っていた。


 ――と言うのも、グラマツェーヌの独断で勇者を魔王城に連れてきたが、魔王に会うには相応の手順がある。すぐに門を叩いて「はい、会います」とはならないのだ。

 つまり、グラマツェーヌが取りなす間、念のため勇者がおかしな事をしないように見張っておく、というのがカラールの任務であった。


 魔王の元へ事態の報告へ行こうとするグラマツェーヌに手招きされ、こっそりと「二人きりにしておいてやるからな」なんて、耳打ちされた事実はなかったことにしてしまいたい。


 だが、二人きりになると勇者はこれ幸いとベタベタベタベタひっついてくる。

 ここに来るまでも、くっついてきた。どれだけ引き剥がそうとしても無駄だと察したカラールが放っておくと、今度はぺたぺた顔を触ってきたり、髪を撫でてきたり――少しでも気を抜くと、唇を狙ってくる。

 さすがにそこまで許してたまるものかと抵抗すれば、不満げに頬を膨らませる勇者だが、触るのは絶対にやめない。


(――僕は今、監視しているんだ。監視。そう、監視監視監視監視監視……)


 間違っても遊んでいるのではないと、自身に言い聞かせる。


「……ベタベタ触るな」

「じゃあ、撫でるのはいい?」

「撫でるな!」

「…………揉む?」

「どこを!?」


 わきわき、と目の前で両手の指を動かされ、昨日の恐怖がよみがえる。


(……そうだ。まだ一日しかたっていないんだ……)


 この勇者の本性を目の当たりにしてから、たった一日しか過ぎていないなんて、信じられない。


「じゃあ、膝に乗ってもいい?」

「――はぁ?」

「膝に乗って、カラールの匂い嗅ぎたい」

「馬鹿も休み休み言え! この、ド変態!」

「えへへ、カラール限定なの。……ほんとは、色々したいの我慢してるんだよ?」


 上目遣いでそんな事を言われて、普通ならクラリとくる場面なのかもしれないが……。


「……魔王が、許可してくれたら、これからはずっと一緒だから、急がなくてもいいもんね。今慌てて色々しなくても、後で、じっくり、たっぷり出来るもんね」

「~~!」


 蜜をたっぷり溶かしたような甘い声色が耳元で囁く。ついでに人の耳に息を吹きかけていく変態勇者に、よろめいたりするはずがない。


(なんでコイツは、いちいち行動が変態じみているんだ!)


 そしてなぜ自分はそれを許しているのだと、カラールは唸る。


(僕は別に許しているんじゃ無い。……力では勝てないからだ。こんなところで術を使うわけにはいかないし、なによりグラマツェーヌ様の顔に泥を塗るわけにはいかない。そう、僕がこいつに強く出ないのは、仕方なくだ。仕方なく)


 混血。 

 その可能性が浮上した途端、カラールは自分の態度が幾分か甘くなった自覚がある。認めるのも癪だが、ここで突き放して良いのかと迷ってしまうのだ。


 勇者は、そんな隙をついてここぞとばかりにカラールに甘えまくっているのだが、それが計算なのかどうかは分からない。


「……もしも、魔王様に駄目だと言われたらどうする気だ」

「え?」


 らしくない自分を誤魔化すように、カラールは思いついた話題を勇者にふった。

 すると、拒否される可能性など微塵も考えていなかった――そうありありと浮かぶ顔が、間近にあった。


「……駄目なんて、いうのかな」

「さぁな。庇護を求める者は拒まない方ではあるが……お前の場合は、特殊だからな」

「…………もし、駄目だったら…………」


 勇者の不穏な声に、カラールは自分が不味い事を聞いたと気が付いた。同時に、ぐるんと視界がまわって、天井が見える。

 驚いて、瞬きしている間に、ぬっと勇者の顔が視界全部に広がった。


「……おい。これはなんの真似だ」


 後頭部がソファに沈む感触。カラールの眉間に縦皺が二本出来る。声も機嫌の急降下を表すように低くなった。

 カラールは勇者によりソファに押し倒されていた。

 腹の辺りに馬乗りになった勇者は、じっとカラールを見下ろしている。


「さっさとどけ。僕は女に乗られる趣味は無い」

「――もし、魔王がわたしとカラールを引き裂こうとしたら…………全員殺して貴方を連れて行く」

「…………おい」


 ひっそりと囁かれた言葉は、不穏極まりない。

 けれど、最上級の愛の告白でもしているかのように、勇者の目はうっとりと細められていた。


「わたしたちを引き裂くなんて、そんな事許さない……そう、二度と、許さない……」

「…………勇者?」


 ぽたり、とカラールの頬に水滴が落ちてきた。

 手首を押さえられているため、拭うことは出来ないが――その出所は、疑いようも無かった。


「だから……、そんな……さみしい事、冗談でも言わないで……」


 勇者がぽろぽろと泣いていた。

「お、おい、泣くなよ……」


 一体今の会話のどこに、彼女の涙腺を刺激する要素があったのだろうか。

 カラールは訳が分からないまま、慌てた。勇者一行には口の悪かった彼だが、実際の所、女を泣かせて喜ぶような趣味は無い。


「カラールと、離れるなんて、そんな……っ、もう、やだ……」


 泣きじゃくりながら、勇者はカラールの方へ倒れ込んでくる。首の辺りに顔を埋め、えぐえぐと嗚咽をこぼす。

 自由になった手で頬を拭い、それからカラールは大きなため息をついた。


「……お前は本当に、意味が分からない……」


 そして、ぴったりくっついて「いやだいやだ」と繰り返す少女の頭に手を伸ばした。


「頼むから、もう泣くなよ……」


 子供にするように、二度三度撫でるとぴくっと体が跳ねた。それから、一層強い力で抱きつかれる。


「はなれなくて、いい?」

「…………」


 昨日までの自分なら、どうしただろうと考えて……――カラールは苦笑いを浮かべる。 綺麗な顔を涙でぐちゃぐちゃにして縋ってくる少女を見たら、きっと昨日までの自分でも突き放せなかっただろう、と。


「鼻水付けないなら、いいぞ。特別に許してやる」

「……うん」


 カラールの答えに、勇者は安心したように頷いて、また身をすり寄せたのだった。 

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