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十一話 勇者の完全寝返り計画

 カラールの問いに、勇者は淡い笑みを浮かべた。小首をかしげる仕草は、肯定とも否定ともつかない。

 しかし、おいそれと答えられる質問ではない事を、聞いたカラール自身理解していた。

 追求するべきかどうか――勇者相手には、言いたいことをズバズバ言ってきた彼にしては、珍しく迷った。

 その間に、勇者はグラマツェーヌの方に向き直ると、一礼する。 


「……お義母様、この石を手土産にしても、お国へ立ち入ることは許されませんか?」


 カラールと同じく、全く変わりない勇者に驚いていたグラマツェーヌは、思案するような素振りを見せた後、一つ頷いた。


「いいだろう」

「グラマツェーヌ様!?」


 驚きの声を上げたカラールを手で制すると、グラマツェーヌは高らかと宣言した。


「魔王軍四天王が一人、獣面のグラマツェーヌの名のもとに、お前を我が王が統べる地へ招待しよう」


 その視線は、勇者が手にしている石に注がれている。


「こうなれば、もはや王に直接見ていただくしかないだろうからな」


 言葉の意味する事に勇者は気付いていないのか、承諾を貰うと子供のように歓声をあげて喜んでいた。


「……遊びに行くんじゃ無いんだぞ」


 下手をすれば生きて帰れないかもしれない。

 そんな所へ進んで行きたがる気持ちがわからない。

 カラールが釘を刺すと、勇者は何を思ったか、ぴょんっと飛びついてきた。


「な、なんだよ!?」

「えへへ」

「なに笑ってるんだ……! 離れろよ! この、馬鹿力め!」

「だって、嬉しいんだもの」


 無遠慮にぎゅうぎゅう抱きついてくる勇者を引き剥がそうと、カラールが四苦八苦しているのに、本人は満面の笑みですり寄ってくる。

 グラマツェーヌは「母さんは何も見ていないからな」とわざとらしく目をそらし、止める気は皆無だ。

 頼れるのは自分だけになったカラールは、力では完全に負けているため、なんとか口で応戦した。


「嬉しいの意味が分からん!」


 敵の本拠地に、単身乗り込む。

 それが嬉しいのか?

 全くもって理解不能だ。

 そんな気持ちから吐き出した言葉だったが、勇者はぴっとりカラールの胸に頬を寄せたまま、意外な事を言った。


「だってだって、カラールがわたしに興味を持ってくれた! こんなに嬉しい事ある!?」

「……え?」


 いや、あるだろう普通に。

 思わず素で返しそうになった。

 しかし、カラールにくっついて離れない勇者は、本気でこれ以上無い喜びだと思っている様子だ。


「…………お前…………」

「なぁーに?」


 上目遣いで見上げてくる、紫の瞳。

 少しでも打算じみた感情が見えていれば、カラールだって「やっぱりこいつは敵!」と徹底して思い込めたのだが。

 子供のように無邪気な二つの目とぶつかって、つい……考えてしまった。

 もしかしたら、自分と同じなのかもしれない、と。

 ――つまり、カラールは同情したのだ。


 そして、その同情心は、大きな隙になった。

 大人しくなったカラールをどう思ったのか、勇者はますます嬉しそうに笑うと、ほんのりと目尻を染め――。

 無抵抗だったカラールの唇に、自分の唇を重ね合わせた。


「――はっ!? 何してるんだ、お前!」

「うふふふふ、三度目のちゅー」

「はぁ!? お前、グラマツェーヌ様の前でなんてことを……! そもそも数を水増しするな! 僕はまだ二回しかされてない!!」


 言わなくてもいい事まで、自ら暴露してしまったカラールは、育ての親から生暖かい視線を注がれながら、帰路につく事になる。

 その間ずーっと、ひっつき虫と化した勇者が上機嫌でカラールにまとわりついていたのだった。


◇◆◇◆


 太陽が顔を出した、爽やかな朝。

 朝食の支度にとりかかった勇者一行は、ある人物の不在に気付いた。


「あれぇ、リリィはー?」

「もうすぐ朝食の準備が出来ますのに……」

「……まぁ、先に食ってようぜ。どうせ、またいつもの散歩だろう」

「そうだねー。リリィの散歩は長いからねー」

「たまに食料を狩ってくる事は評価いたしますけどね」


 仲間達は、姿の見えない勇者を一応探す素振りを見せたが、彼女が散歩と称してふらりといなくなるのは何時もの事であるため、大して気にしていなかった。


「で、今日はどこの町へ行くんだっけ?」

「ジーナの町だ。あそこなら、商人の出入りも多いからな、恩を売っておいて損は無い」

「それなら、今日の夜はご馳走がいっぱい食べれるね!」

「暖かいベッドも保証されます」


 多少無茶な頼みでも、叶えてやれば株が上がる。

 どんなに無茶だろうが何だろうが、全ては勇者がどうにかしてくれるから、問題無い。


「ほんと、勇者様々だぜ」


 彼らは、知らなかった。

 今まさに、噂していた勇者がうきうき気分で魔王の元へ向かっている事を。

 知っていたら……――多分、どんな手を使ってでも止めただろう。そして返り討ちにあったはず。

 つまり、知らない彼らは、ある意味幸せ者だったのである。

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