十話 勇者とは
取り残されたカラールの顔は、平素よりなお悪い。
いつもは溌剌としているグラマツェーヌも、勇者の突飛な行動に顔色を青くしている。
「くそっ!」
まるで自分が死にに行かせたようだと、カラールは舌打ちし地面を蹴りつけた。
「……カラール……」
気遣うようなグラマツェーヌの声にも、答える余裕は無い。
「なんなんだ、あの馬鹿! 勇者ってのは自殺志願者か!」
予想を超えた勇者の行動。それを止められなかった自分の不甲斐なさ。両方に腹が立って仕方が無かった。
「落ち着きなさい、カラール! ……勇者は、人族にとっては対魔王の象徴的存在であり、彼らにとっての究極的兵器だ。……魔王様に、唯一対抗出来る存在と目されている彼女ならば、あるいは……」
そう。あるいは、マグマなんてものともせず、石を手にする事が出来るかもしれない。
だが、呪い石を手にした人間の末路は悲惨だ。
――勇者がどれだけ優れていようと、類い希なる強さの持ち主だろうと、人族である以上、呪い石には触れてはいけない。
「……最悪、あの娘はこの手で葬らねばならぬかもしれない。……つらければ、先に戻っていなさい」
呪い石に触れ暴走した人間は、厄介だ。
上手く石から引き剥がせればいいが、あの勇者が石にあてられれば、カラールではとめられない。
グラマツェーヌが、それこそ殺す気で挑まなければきびしいだろう。当然、その命を賭けて。
「ただいま!」
そんな重苦しい空気を一蹴するかのように、嬉々とした声が聞こえた。
嬉しさを隠しきれない弾んだ声の主は、手に様々な色が混ざり合ったような――見る者の不安をかき立てる石を持っていた。
「勇者、お前……」
「これでしょ、カラールの言っていた石。……これ、魔王にもっていけばいいの? そしたら、カラールと一緒にいられるようになる?」
勇者は、全く変わらない。
健康を害されるという事も無く、すこぶる快調そうだ。
「……お前、大丈夫なのか?」
「何が?」
不思議そうに小首をかしげた勇者は、二人の怪訝な視線を気にもとめない。
「ねぇ、褒めて褒めて」
嬉しそうに、誇らしそうに「ねぇ、役に立ったでしょう?」と言わんばかりにカラールを見つめる勇者。
「…………」
何も変わった様子が無い。どう見たって、ピンピンしている。
人族のはずなのに、呪い石に影響を受けているように見えない。
(これは、まるで、魔族と同じ……)
疑問はそのまま、口からついて出た。
「勇者、お前はまさか、僕と同じなのか?」
「……ん?」
カラールは呆然と勇者を見つめる。印象的な紫色の目がきらめいた。
何かがチラリと脳裏を掠めた。けれど、そんな事よりも、目の前にいる勇者の事で今は頭がいっぱいだった。
今までずっと、人族の勇者は人間であると思い込んでいたカラールだったが、呪い石を手にして平然としている勇者を見て、一つの可能性が浮かんだ。
呪い石に影響されない、魔族でも人族でもない、あるいはそのどちらもである存在。
それは――。
「……混血児、か?」
「…………」
幾分ためらった後の問いかけに、勇者は答えなかった。