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白銀の国 ―極北のクヌート―  作者: 生吹
2.トロール
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予兆

 アレクシの家で夕食をとり、食後のハーブティーを飲んでいる時、四人は外の騒がしさを感じ取っていた。

「どうしたのかな?」

 ハンナはしきりに外を気にしだした。

「放っておけ。それよりほれ、お嬢ちゃん。コケモモジャムはどうだい? おいしいぞ」

 アレクシはズルズルと音を立ててハーブティーを啜った。もうトロールのことなどどうでもよさそうだ。

「心配なら見てくる」

 クヌートがのっそり立ち上がってドアを開けた。なんとなく嫌な予感がしていた。

「誰か、あいつを止めてくれ!」

 薄暗い空から降る雪が、勢いを増しているようだった。辺りは白くぼやけてよく見えないが、何かが暴れ、村人は慌てふためき、家じゅうの犬が吠えている。

 暴れているものが鳴き声を上げ、正体がわかった。村で飼われている一頭の馬だった。

「馬? なんであんなに暴れてるんだ」

 後ろからノーチェがにょっきり顔を出した。馬は何かに怯えたように走り回っている。

「放っておけ。最近よくあることだ! 躾がなっとらんのさ」

 部屋の中からアレクシが呼びかける。

「ちょっと行ってくる。クヌートは来るなよ。馬が余計びびりそうだから」

 ノーチェは雪の中に飛び出した。

「まったく、人間が狼狽えてどうするんだ」

 彼女はそのまま暴れ馬の方に歩み寄ると、服の中から小さな笛を取り出した。それを口に当て、息を吹き込んだ。馬が笛の音に反応し、走る速度を落とした。彼女は手綱を掴み、馬の肩を軽くたたいて落ち着かせた。

「さすがブランカから貰った笛だ。毎日練習した甲斐があった」

「おーい!」

 馬の持ち主らしき男が走り寄ってきた。

「助かった。いつもは暴れる奴じゃないんだがなあ」

「怪我がなくてなにより。うちの弟は昔馬に蹴られて、肥溜めまで飛んでったからな」

「あれ、君どこの人だ? 見たことない見た目だな。それに、その笛は?」

 気が付くと、ノーチェはいつの間にか村人に囲まれてしまっていた。

「私たちはリトレ村を目指して歩いてきた。さっきアレクシの爺さんに拾われて、少しの間家に泊めてもらうことになった。この笛は、その、まあ、特別な笛だ」

 面倒くせえと思いつつも無視するわけにもいかず、彼女は質問に答えた。

「へえ、随分遠くまで行くんだね。君の村ではみんなその笛を使うのかい?」

「アレクシ爺さんの家に泊まるのかい? あの人少しボケてるけど大丈夫かな。君一人じゃないんだよね?」

「ねえ、あの人女の人かしら? ちょっとわかりづらいわね」

 完全にアレクシの家に戻るタイミングを逃したノーチェは、集まってきた村人たちから質問攻めにされた。

「おい、そこまでにしろ。わしの客だぞ」

 痺れを切らしたアレクシが家から出てきた。

「なんだ。アレクシ爺さん。酔ってるな? 旅人が来ているなら、一言言ってくれてもいいじゃないか」

「誰が言うもんか。お前たちは村に部外者が来るたびにこうだ。いくら珍しいからって、ワイワイガヤガヤ恥ずかしくないのか」

「そうかもしれないけど、おもてなしってものがあるだろう?」

「何がおもてなしだ。どうせ質問攻めにして酒飲ませて終わりだろうに」

「何だとこの頑固ジジイ」

 アレクシと村人たちの言い争いはしばらく続いた。しかし、じきに騒ぎを聞きつけた村長が家から出てきたため、争いはやむなく中断となった。

「この雪の中何をしておるのかね、まったく。アレクシよ、話は天気が落ち着いてからにするが、あまり黙って外から人を入れるなよ? 人のことを言えないが、お前さんもそろそろ耄碌しとるだろうに」

 アレクシよりいくらか若い村長は、たしなめるようにそう言った。

「とにかく、今夜はわしの家に泊める。この雪はしばらく降るだろう。止むまで好きなだけいさせてやればよかろうよ!」

 そう言ってアレクシはノーチェを家に引っ張って行った。

「まったく、うるさい連中だ」

「……なんか、意外と仲良さげじゃなかったか?」

「よそ者の前だからさ! いつもはもっと馬鹿にしやがる」

 ノーチェの言葉にアレクシはプリプリ怒りながらテーブルに着くと、コケモモのジャムを瓶からスプーンですくい、そのまま口に押し込んだ。ノーチェはその様子を呆れ顔で眺めていた。しかし、そこでハンナの姿が見当たらないことに気が付いた。

「おいクヌート、ハンナは?」

「そこにいる」

 クヌートは暖炉の前を指さした。色々なことがあって疲れたのか、お腹がいっぱいなのか、ハンナはクヌートの毛皮のコートを掛け布団にして、暖炉の前で眠っていた。まるでそういう種類の絨毯のようだ。

「ここ最近嫌なこと尽くしだったからな。盗賊とやりあうわ、ガキどもに嗅ぎまわられるわ、姿の見えない敵に殺されかけるわ……」

 ノーチェは暖炉の前まで行き、ハンナの背中を撫でた。




【捕捉】

・トナカイ(肉)について

作中しつこいくらい登場するトナカイ肉。脂っこさがなく、あっさりしていて臭みがないのが特徴といいます。筆者はエゾシカしか食べたことがありませんが、おそらく味は似ているのではないでしょうか。



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