アレクシの家
『白銀の国』を読んでいただきありがとうございます。
次回の更新は8日です。
ここ5日間、学校の方で実習があり、小説が書けておりません。ですので3、4日に1話更新できればなと考えております。
10日から比較的自由になりますので、その日に一気に書きためたいと思っています。
敵の正体もわからぬまま、三人は次の目的地を目指して進むことになった。青年は二人が死に、一人は行方がわからなくなってしまった。唯一の救いは逃げたトナカイが戻ってきたことだった。
「一番賢そうなトナカイを選んだだけあったな」
トナカイはノーチェの手から大麦を嬉しそうに頬張っている。
「名前付けるか。何かいい候補あるかクヌート?」
「ダグ」
「やめろ」
ノーチェは即答すると、足取りが重くなってきたハンナを抱きかかえ、トナカイの背中に乗せた。ハンナは疲れても自分からトナカイに乗りたいとは言いださなかった。遠慮をするなと言っても聞かないので、いつの間にか強制的にノーチェが乗せるようになっていた。
「今日は夕方には着けないかもな。どう頑張っても夜だ。この河の上流に村がある。道は平坦でも、かなりの距離だ」
ノーチェは地図の上の河を人差し指でなぞった。
三人は凍った河の上を歩いていた。厚い氷の上には雪が積もり、一見整備された道か野原のように見えるが、春が来れば穏やかな河の流れがせせらぎを奏でる。ここを通れるのは今のうちだ。
しばらく歩いていると、どこからともなく鈴の音と犬の鳴き声が聞こえてきた。振り返ってみると、三人の背後から犬ぞりに乗った老人がこちらに向かてやって来た。老人は三人の前を通り過ぎると掛け声を上げ、そりを停めた。
「見ない顔だな。どこまで行くんだ?」
老人は真っ白な長い髭を引っ張りながら先頭を歩いていたクヌートに尋ねた。
「この先の村まで」
「シュヘン村か?」
「そうだ」
老人はクヌートのことを少しばかり不審な目で見た。
「一日だけ休もうと思ってるだけだ。訳あってリトレ村まで行かなきゃならないんで」
ノーチェが付け加えると、老人は少し考えるような素振りを見せ、三人に言った。
「よし、乗れ。わしの村まで連れてってやる。あと三人くらい乗れるだろう。トナカイは後ろに繋いで走らせろ」
何を思ったのか、老人は三人を犬ぞりで村まで送ってくれるらしかった。三人が乗り込み、トナカイをそりの後ろに繋ぐと、老人は掛け声とともに手綱を引き、犬たちを一斉に走らせた。
そりは凍った河の上を滑らかに滑り出した。引っ張るそりがさっきより重くなったせいで、犬たちも一苦労だ。彼らの吐く熱い息は白い湯気となって冷たい空気の中にいくつも放たれた。
日が傾き、ちらほらと雪が舞い始めた。ノーチェがあとどれくらいかと老人に尋ねようとした時、山の間から目的地のシュヘン村が姿を現した。
「ほれ、見えたぞ。あそこがシュヘン村だ」
家々の赤い壁やレンガ造りの塀が見える。行くつかの家には橙色の明かりが灯っていた。
レンガ造りの門は開け放たれたままになっていた。門を閉めるのは、皆が寝静まる夜だけらしい。中に入ると、石造りの頑丈そうな建物や集会場のような広場が見えた。それらの前を通り過ぎ、そりは村の外れまでやって来た。
老人の名前はアレクシといった。アレクシは村の外れの小さな家に一人で住んでいた。一晩泊めてくれるというので、三人は彼の家に上がることにした。
「あんたらを乗せた理由だがな」
三人が家に上がると、アレクシは徐に口を開いた。
「この間、森でトロールを見た。それもかなり大きいトロールだ。三、四匹ほどで群れていたよ。あんなのは初めて見た」
「何、トロール? この辺りに?」
ノーチェが聞き返す。隣にいたクヌートの方がぴくりと震えた。それをハンナが不思議そうに見つめている。
「聞いた話だが、王都の人間は樹海の木々を無遠慮に切り倒しているそうだ。樹海にはたくさんのトロールや、猛獣たちがいる。木を切るには邪魔な存在とあって、彼らはトロールや獣たちを駆逐しているらしい。きっと、住処を失追われたトロールたちが逃げてきたんだろう。少し気になって今日も森の近くまで行ってみたが、やつらの姿はなかった」
「それ、村の人たちは知ってるのか?」
ノーチェはアレクシに尋ねたが、彼はしかめっ面でこう答えた。
「言っても信じん。村人はわしのことをボケ老人扱いしやがる!」
聞いてみれば、アレクシは随分と前から村人たちとは仲が悪いようだった。森でトロールを見たと言ってもなんとなく話を濁され、まともに取り合ってもらえないのだ。
「どいつもこいつもわしを馬鹿にしやがって」
アレクシがそう言った時、玄関のドアがノックされた。
「だれかきたよ?」
ハンナがドアの方を指さす。
アレクシがドアを開けると、近所に住む中年の女が立っていた。
「なんだねシンシア?」
「お宅の家に見ない人たちが三人も入っていったものだから、心配になってね。誰なの?」
シンシアと呼ばれる女は両手をこすりながらちらちらと部屋の奥に目線を送っている。
「なんだ、おせっかいな! わしの客だ。そんなことはいいから、皆にトロールに注意するよう、お前からも言ってくれ。どうせ信じないだろうがな!」
アレクシはそう怒鳴るとバタンとドアを閉めてしまった。
「あーあ。ありゃ嫌われるわ……」
ノーチェは小さな声でつぶやいた。