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白銀の国 ―極北のクヌート―  作者: 生吹
1.旅の始まり
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盗賊殺し

 次の日、一行は朝の市場でブランカの家から持ってきたものやノーチェが仕留めた獣を換金して旅の資金にした。今まで散々荷物持ちにされてきたトナカイは、自分の背中が軽くなったことを喜んでいるようだった。

「僕も行きたいんだけど?」

 市場まで付いてきていたダグが言った。

「いや、お前はジジイを見とけ」

 ノーチェは冷たく言い放った。

「じゃ、ジジイも連れて行く? 酔ってなければかなりの戦力になるでしょ」

「一日のうち酔っぱらってる時間のほうが長いだろ。まだ母さんが出ていった傷が癒えてねえんだよ。これは楽しい遠足じゃない。お前は家で待て」

 ノーチェの言葉にダグは仕方なさそうにため息をつき、「じゃあせめてこれを持っていけば?」と言って腰に着けていた小さいナイフを差し出した。

「何だこれ?」

「昨日研いだ。獣捌くのに使おうと思ったけど、このチビちゃんに持たせてあげたらどう?」

 彼はそう言うと、クヌートの後ろに隠れるようにして立っていたハンナを指差した。

「ハンナ」

 クヌートがハンナの前から避けて前に出るよう促した。ハンナはおそるおそる前に出てダグから小さなナイフを受け取った。その時ふざけたダグが「わっ」と声を上げてハンナを脅かした。すかさずノーチェが彼の頭を引っ叩く。

「この馬鹿」

 道行く人々がちらちらと目線を向けた。ある者は楽し気に微笑み、ある者は迷惑そうに眉をしかめた。

 村の門の前までダグはついてきた。エルクルはまだ家でいびきをかいているらしかった。

「本当にしょうもねえな。あのジジイ」

 ノーチェは村を出ていく直前まで父親の愚痴を言っていた。ダグと門番に見送られ、三人は村を後にした。


 この日の目標は山を一つ越えることだった。クヌートは森の街道を行くつもりでいたが、ノーチェが数日前、街道に盗賊が出たという話をし出したので、山を一つ突っ切ってしまうことにした。このルートは街道を歩くよりも近道であり、二人は冬山を歩くことなど造作もなかったため、ハンナをトナカイの背中に乗せて山に入った。

 木々には数日前に降った雪が固まり、枝を撓らせ、まるでひとつの生き物のようになっていた。よく地面を見てみると、ところどころに草食動物の足跡も残っている。

 ここ数日は多い降雪もなく、気温も安定していた。二人とハンナを乗せたトナカイは、念のため雪崩に注意しながらお互いの間隔を開け、吹き溜まりになっているような箇所を避けながら進んでいった。

「こんなの山じゃない。ただの丘だ。夕方には湖に出る。ハンナ、もしせり出した雪とか、ひび割れを見つけたら教えてくれ」

「うん」

 ノーチェに頼まれたハンナはトナカイの上から当たりの様子を見ていた。しかし、しばらく歩いているとハンナはそんなひび割れよりもたちの悪いものを見つけてしまった。

「あっ」

 声を上げるのとほぼ同時にクヌートも気が付いたようで、すぐにトナカイの背から斧を取った。

「おい、そっちのでかい木の後ろに隠れろ……! 盗賊だ」

 ノーチェは矢を取り出して静かに構えた。木々の奥から五人ばかりの男が歩いてきた。彼らはその手に剣や斧、弓などを持ち武装していた。おそらく盗品だろう。

 彼らは痩せていてあまり強そうには見えなかったが、余計なことに労力を費やすのはノーチェもクヌートも望んでいなかった。

 隠れてやり過ごせるかと思った時、突然ハンナを乗せていたトナカイが暴れだした。ハンナは振り落とされ、そのまま地面に落下した。その音を聞き、盗賊たちは一斉にこちらを向いた。

「何もんだお前ら!」

 盗賊の一人が剣を抜いてこちらへ向かってきた。

「それなりに腕の立つ猟師だ。それ以上近寄ると射つぞ」

 ノーチェが弓を構えて威嚇した。盗賊たちは面白い昆虫を見つけた子供のような眼差しで三人を見た。

「いいトナカイ持ってるな。それと赤毛のガキも。珍しいから高く売れそうだな」

 剣を持った男の後ろから、同じように弓を構えた男がそう言った。かなり興奮しているようだ。クヌートは黙ったまま、じっと盗賊たちの方を見つめ、ハンナはその後ろで小さくなっていた。

 両者とも動きが取れないまま、にらみ合いが続いた。すると、ついにしびれを切らした弓の男が奇声を上げ、クヌート目掛けて矢を放った。一番大きな彼を殺してしまえば、後は簡単だとふんだのだ。

 彼の奇声をきっかけに、剣を持った男もノーチェに斬りかかろうとした。

 しかし予想外の事態が起こった。弓の男が放った矢がクヌートの眉間を穿つよりも早く、クヌートは持っていた斧を弓の男目掛けて力任せに投げつけ、眉間にぶち当てた。

「ちょっ、ちょっと待ってくれ!」

 動揺したノーチェが叫んだが、すでに手遅れだった。

 男は頭から真っ赤な血を飛散させ、真っ白な雪の上に倒れこんだ。割れた頭からは湯気が立っている。一方、男の打った矢はクヌートではなく、偶然後ろにいたトナカイの首に刺さった。トナカイが声を上げて暴れまわる。

 その場にいた盗賊全員が動揺し、一瞬動きを止めた。その一瞬の隙を突き、ノーチェは剣の男に至近距離で矢を放った。矢が男の右肩につき刺ささる。

 すると今度はどこからかナイフが飛んできて、ノーチェの足を掠めていった。その直後、男の絶叫が聞こえ、途中でプツリと途切れた。クヌートが盗賊を雪の上に引き釣り倒し、彼の顎を靴の踵で踏みぬいたのだった。

 盗賊は残すところ二人になっていた。二人の男は怯え切った様子で、それぞれ別の方向へ逃げ出した。一方は山の斜面を駆け下り、もう一方はハンナだけでも攫っていこうとハンナ目掛けて突進した。

 ノーチェはハンナを攫おうとした男を矢で仕留め、クヌートは斜面を下った男を追いかけていった。その間、二人は一言も言葉を交わさなかった。

 ハンナを襲った男は脚に矢を受けて倒れた。それとほぼ同時に、斜面の下から空気を切り裂くような断末魔が山々にこだました。

 しばらくして、クヌート一人だけがゆっくりと斜面を登ってきた。

「なあ、トナカイは……?」

「向こうで死んでる」

 ノーチェが尋ねると、クヌートは静かにそう言って自分が上ってきた方を指さした。

「だから運べそうな荷物だけ持ってきた」

 両手にはトナカイに積んでいた荷物があった。

「随分派手にやってくれたな。あまり詮索はしないでやるけど、出だしからこれか……血の臭いを嗅ぎつけて熊や狼が来たら厄介だ。早く行こう」

 そう言ってノーチェは周りを見渡した。彼女が仕留めた盗賊だけはまだ息があったが、クヌートが仕留めた盗賊は皆一様に頭や喉を潰されて死んでいた。

「毒矢は使ってない。村まで行って治療を頼めばまだ助かるぞ。ただし丸腰でな」

 ノーチェはまだ息のある盗賊に言った。


 一方、ハンナは相変わらず木の後ろに縮こまっていた。

「おいで、ハンナ。びっくりしたな」

 ノーチェが声をかけると、ハンナはゆっくりと顔を上げ、辺りを見回し、物凄い勢いでまた頭を伏せた。クヌートが仕留めた男の頭からは、まだほかほかと湯気の立つ鮮血が流れていた。

「無理もないか。でも、これから先それじゃ困る。――よいしょ」

 ノーチェはハンナを立たせると、地面に転がっている死体を避けて歩き出した。クヌートもゆっくりそのあとに続いた。





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