共闘する二人
「次から次へと何なんだよ。クヌート、そいつと知り合いか?」
スロの横で壁にもたれ掛かっていたノーチェが呆れ顔で尋ねる。
「レフの村で俺が消えた原因を作ったのがこいつだ」
クヌートはそう言うとギリギリとカールの頸動脈を締め上げた。
「や、やめろ。そんなことしてる場合じゃ……奴らが、奴らがここへ来るんだよ!」
カールも意識を飛ばすまいとジタバタ必死に抵抗する。突然の出来事に一同は訳もわからず、呆然とその様子を眺めていた。
「よ、止しなよクヌート。俺が言えたことじゃないけど……その人、さっき捕まってた人だよね?」
レオンが宥めると、クヌートは渋々もがき苦しむカールを解放した。可哀そうなカールはゲホゲホと咳き込みながら床の上を転がった。
「あれ、いったい何があったんだ? 母ちゃんも良くなってるみてぇだけど……」
カールはマルタが元に戻っていることにようやく気が付いた。その場にいた全員が彼から気まずそうに顔を背ける。
「それに、カレンはどうした? その布の下にいるのは……誰なんだ?」
何とも言い難い空気がその場を支配する。
「ああ、カール。いったい、何と言ったらいいか……」
スロはいかにも言い辛そうに眉間にしわを寄せ、落ち窪んだ目でカールの方を見つめた。
「私のせいよ。カール。私が、私がカレンを――」
「お前の母親に取りついた悪霊がカレンを殺してしまった。悪霊は身体から抜け出して、姿を眩ませた」
マルタの言葉を強引に遮るようにして、クヌートが言った。
「嘘だろ」
「嘘じゃない」
「こんな時になんてこった。もう奴らはすぐ近くまで――」
カールがそう言い掛けた時、外から数人の足音と話し声が聞こえた。
「来た……! 奴らだ!」
彼は恐ろし気に叫び、ぴしゃりとドアを閉めた。
「さあレオン。ハンナを連れて今すぐ裏口から出てくれ。それとヴァン、君も怪我人だ。一緒に脱出してくれ。私たちは反対側で奴らの注意を引く」
スロが冷静に指示を出し、全員がそれに従う形となった。ただしヴァンだけは納得がいかないようで、怪我をしているクヌートかハンナと同じ痣を持っているスロに街の外へ出ることを望んだが、本人達に力ずくで外に出されてしまった。
「おい! お前からも何か言ってくれノーチェ。俺は別に――」
「嫌だね」
最後までごねるヴァンの尻にノーチェは蹴りを食らわせた。
一方、クヌートはカールを連れて正面のドアから外に出ると、四人の追手たちと対峙した。ノーチェの方が相棒としては最適だったが、バランスを取るには彼女を連れ出すわけにも行かなかった。カールを家の中に置いておくと狼狽えるばかりでまるで使い物にならないのだ。
「あの怪しいガキを逃がしたのはお前らか。奴らをどこへやった。大人しく差し出さねぇとお前ら諸ともぶち殺すぞ。もう時間がねぇからな。街のためにも早く魔女を見つけなきゃなんねぇ。それが動ける人間に与えられた使命だ。わかるだろ?」
鍬や斧を持った屈強な男四人が二人の前に立ちはだかっている。うち二人はクヌートと同じくらいの若者で、残りの二人は中年だった。その中でも斧を持った若い男は今にも人を殺しそうな顔つきをしている。その目には恐怖と怒りの色が見て取れた。
「お、おい。作戦は練ってあるんだろうな?」
カールが不安そうにクヌートの顔を覗き込む。
「ない。殺す以外の方法で、とにかく動きを封じることだ。斧を持っている奴は俺がやる」
クヌートはきっぱりと言い切った。更なる混乱を避けるため、スロやノーチェにはなるべく誰も殺さないように言われていた。
「無抵抗な人の脚を故意に折れるお前だ。できるはずだろ」
「クソ。やっぱり根に持ってるのかよ」
「それだけじゃない。……後で説明する」
クヌートは目の前にいる四人の顔を見た。どの男も恐怖と怒りに顔が歪んでいる。それは彼にとって見知った表情だった。彼らの必死な姿が、かつての自分や他の兵士たちと重なり、何とも言えない不快さが腹の奥からせり上がってくる。
男らのうち一人が斧を振り上げてこちらに猛突してきた。クヌートは自ら一歩前に歩み出ると、向かってくる男としっかり目を合わせた。
男はクヌートの脇腹を狙って力任せに斧を振るった。それを地面に伏せて躱し、空振りした男がよろめいた隙をついて鳩尾に膝を入れると、素早く斧を奪い取った。
だが息をつく暇もなく、もう一人がナイフを持って背後から突っ込んでくる。背中を刺されたらひとたまりもない。一瞬ヒヤリとしたが、何とかそれを斧で防ぐと、頭目掛けて振り下ろすように見せかけ右のつま先で思い切り金的を食らわせた。彼がまだ身体が小さく痩せこけていた時によく使った手だった。初めて暴力を振るった日の記憶が脳裏を掠める。
「うっ」という短い呻きを漏らし、男は雪の上にうずくまった。
クヌートがカールの方に目をやると、彼は鍬を持った中年の男相手に格闘していた。一人は既に殴り倒したようだったが、もう一人が手強かった。
「この野郎。その武器は卑怯だろ! 素手で掛かってこい!」
カールはそんなことを叫びつつも軽快なステップで巧みに相手の攻撃をかわしている。
やっぱりとクヌートは思った。カールの身体つきや傷痕、指にできたタコを彼は気にしていた。自らを賞金稼ぎと言った時点で彼には安定した職がないことはわかっていた。家の中に吊るされたナイフや斧の手入れがいい加減だったことからして、狩猟が得意というわけでもなさそうだった。とすると、何か他の事に身体を使っている可能性が高い。例えば、見せ物としてろくでなし共の間で親しまれている殴り合いなどに……
「おいお前、見せ物じゃねぇぞ! 足折ったこと謝るから助けろ!」
カールの叫びにクヌートははっと我に返った。背後から力ずくで男の動きを封じると、吸い込まれるようにカールの拳が男の顎にめり込んだ。
「俺たちの命が――掛かってるんだぞ」
地面に倒れた男はそれだけ呟くと、意識を失った。




