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二度目の救出

 人だかりの中、クヌートとレオンは奪還の機会を窺っていた。人々の顔は相変わらず恐怖に歪んでおり、まるで狂気が人から人へ伝染するように様々な罵声と嘆きの声が飛んでくる。その光景はシュヘン村での一件を彷彿とさせた。

「今更だけどさ、クヌート。俺たちが気を引いて、アウロラが空から奪還するほうが良かったんじゃないか?」

 詰め掛けた人々に揉まれながら、息苦しそうにレオンが耳打ちする。

「ここは人が多すぎる。俺たち二人が何か言ったところで全員の注意は逸らせない。この人だかりに紛れて出ていく方がやりやすい。ハンナをアウロラに託すのはそれからでも遅くないはずだ」

 クヌートはいたって冷静な顔つきで、ハンナのいる石舞台を見ていた。

「な、なあ。これ、失敗したら……どうなるんだ?」

 その場の空気に呑まれたのか、レオンは青い目を左右に泳がせている。この人ごみの中に入ってからというもの、どうも彼は様子がおかしかった。

「恐いか」

「正直、ちょっと……いや、かなり。前に住んでた村でのことを思い出すんだ。でも駄目だな。こんなに恐がっていては。ハンナの家族はもう俺だけなんだから」

「『俺だけ』? いや、父親がいたはずだ。あれからどうした?」

「俺が家に帰ってすぐ、疲労が祟ってさ……こんなことって本当にあるんだな」

 レオンはそう言って、クヌートから目線を外した。

「どうして何も言わなかった。ブランカに話していれば……」

「さあ、何故だろうね。たぶん、ちょっとおかしくなってたんだ。一人になりたかった。しばらくは何にも受け入れられなかったし、一度なんか村人を一人残らず殺してやりたいとさえ思った。途中まで準備もしたんだ。馬鹿みたいにさ。まあ、結局できずに逃げちゃったんだけどね。ハンナを大量殺人鬼の妹にしたくなかったし、何より一番悪いのは人間じゃないんだ」

「……そうか」

 クヌートはこれ以上何か聞くのはやめるべきだろうと思い、ただ一言そう言った。

 しかしその直後、レオンの口から不穏な言葉がこぼれた。それは無意識のうちに発せられたもののように思われた。

「でも、たまに後悔することがある。やっておけば良かったかもって」



 大衆は相変わらず騒がしく、ハンナやその他の魔女の疑いを掛けられた人々に向かって石や雪玉を投げる輩も現れ始めた。

 クヌートとレオンは人込みをかき分けてなんとかハンナとの距離を詰めると、右手を上げて上空を旋回しているアウロラに合図を出した。

 アウロラは旋回するのをやめ、けたたましく鳴き叫びながら大衆めがけて一気に急降下した。人々の頭をかすめるほど低く飛び、目玉を剥き出しにしてハンナを抱える男を激しく威嚇した。怯えた男はたちまちハンナを放り出し、舞台の上から飛び降りた。おかげで広場は大混乱を極め、人々は悲鳴をあげて一斉にその場から逃げ出した。その隙にクヌートはレオンと共にハンナの元へ放たれた矢の如く走った。

 舞台の上にいた数人の男をクヌートが制圧し、レオンは真っ直ぐにハンナの元へ向かう。しっかり両手で抱きかかえ、急いで舞台から降りようとした。

「待て! 俺たちも助けてくれ!」

 ふいに誰かがレオンの服の裾をつかんだ。カールだった。両手両足を縛り付けられているため身動きが取れなくなっている。他にも魔女の疑いをかけられたであろう少女一人が囚われており、縋るような目線をこちらに向けていた。

「レオン、早く降りろ」

 クヌートが急かしたが、レオンは彼らを無視するわけにもいかず、腰からナイフを抜き取った。その時――

「おい、貴様何してやがる!」

 異変に気付いた一人の男が背後からレオン目掛けて斧を振りあげた。

「あっ……」

 焦ったレオンの手からナイフが滑り落ちる。振り返った時には、既に研ぎ澄まされた刃が目前に迫っていた。このままでは殺される。わかってはいるが、身体が言うことを聞かない。

「避けろ!」

 クヌートの声がぼんやりと響いたが間に合うはずもなく、レオンはハンナを抱えたまま咄嗟に背中を丸めた。

 誰もがもう駄目だと思った。しかし男は突然悲鳴をあげて斧を取り落とした。その腕には一本の矢が深々と刺さっている。男の腕から溢れた血が湯気を上げている。

「ノーチェ……!」

 レオンは絞り出すように叫んだ。ノーチェが屋根の上から放った矢が、見事に命中したのである。

「今だ、離れろ! あとは何とかする。ハンナを連れて先に逃げろ。スロが待ってる」

 抵抗する男を押さえつけながらクヌートがレオンの背中を力強く蹴った。レオンは言われるままにハンナを抱えて舞台から降り、一目散に走った。走りながら、この先どんな災難が訪れようとも、あらゆる手を使って生き延びてやろうと思った。全身の毛は逆立ち、心臓は口からは飛び出そうなほど強く脈打っていた。


 これが正義なのかもしれないと、彼は思っていた。




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