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合流

 ヨルンの上空が真っ赤に染まっている様は、アウロラの背中からはよく見えた。クヌートとレオンはノーチェたちと合流すべく、冷え切った夜空を飛行していた。

「何か変だ。なんだ、あれ?」

 町の異変にいち早く気が付いたのはレオンだった。

「奇妙ですね。あそこだけ空が真っ赤です」

 アウロラも気が付いたらしく、飛ぶ速度を速める。

「赤いオーロラだ。少なくともいい予感はしない。急いでくれ」

「これ以上急いだら二人とも後ろに吹き飛ばされますよ」

 クヌートの要求にアウロラは呆れたように返した。

 どういうわけか町の門は固く閉ざされており、地上からは誰も出入りできないようになっていた。二人と一羽は町全体を囲う城壁の真上までやってくると、そこから町の様子を覗き込んだ。


 そこには異様でおぞましい光景が広がっていた。いったい何が起こったのか町の人間が幾人も道端に倒れており、その間を縫うように走る人々の姿が見えた。どうやら誰かを追いかけているらしく、追いかけられている人影には見覚えがあった。

「ノーチェ?」

 クヌートはあまり目が良くなかったが、それがノーチェであることには確信があった。

「アウロラ」

 クヌートはすぐさまアウロラに呼びかけた。

「あそこに降りるんですか? 私はやめておいたほうがいいと思いますがね」

「怖いならお前だけ逃げればいいだろう」

「まったく……」

 アウロラは渋々町の中へ降り立った。町全体に何とも言えぬ異臭が漂っている。

「この臭い……」

 レオンが思わず鼻をつまむ。

「あの時と同じだ。ハンナを助け出した時と、同じ臭いがする。それになんだか体中が痛まないか? まるで全身をどこかにぶつけたみたいな」

「なら、前に言ったお前の読みは当たっているかもしれない」

 クヌートは冷静に辺りを見回した。

「クヌート、何も感じないのか?」

 レオンが顔をしかめながら言う。

「なんともない。それよりノーチェだ。確か、こっちに走っていったはずだ」

 クヌートはノーチェが向かった方向へ走り出した。やけに落ち着いていた。記憶をほとんど取り戻した今、数々の死線を潜り抜けてきた自分ならきっと大丈夫だという確信があった。


 狭い路地の奥から、男たちの怒号が聞こえてくる。クヌートはレオンとアウロラを待たずに独り静かに暗い路地の中に入っていった。

「ふざけるなお前ら! 今はこんなことをしてる場合じゃない。悪霊が誰に取り憑いてるのか確かめなきゃならないんだよ」

 ノーチェが屋根の上から男たちに向かって叫んでいる。恐らく数人がかりで路地の行き止まりに追い詰められ、何とか家の屋根によじ登ったのだろう。彼女の足は少し震えている。

「お前たちがこの町に来た直後、こんなことが起こったじゃないか! 災いの種を運んできたんじゃないのか」

「下りて来い! お前が魔女かどうか、この場で確かめてやる。なに、殺してみればわかることさ。魔女の死体は放っておくと消滅すると聞いたからな」

「あんたには悪いが、俺には幼い娘がいる。もうじっくり考えている暇はないんだ」

 どうやらノーチェは災いを招きいれた人間、もしくは魔女として疑われているようだった。

「だから、魔女なんかじゃない。違うんだよ。誰かのせいにすれば解決するのか? 私たちがここに来る前から赤いオーロラは出ていたはずだろ? 頼むから自分の頭でよく考えろ! 誰を殺そうが無駄なんだよ。これまでにそうやって何人殺した? 誰の身体も消えなかっただろ! 誰かにとりついた悪霊を見つけて隔離するか、皆でなんとかして町の外に出る方法を考えてくれ! お願いだから」

 ノーチェは必死に叫んでいるが、男たちに聞く耳を持てるだけの余力はなかった。彼らの顔は恐怖に歪んでいた。こんな顔を、クヌートは過去に何度も目にしたことがあった。恐怖は理性や良心を喰い殺すことがある。屈強な男でも純粋な少女でも、それは決して変わらない。一度恐怖や怒りに吞まれれば冷静な判断など出来なくなることを、彼はよく知っていた。


 クヌートは静かにもと来た道を引き返し、路地の外で待っていたアウロラに言った。

「今、ちょうど屋根の上にいる。奪還するなら今だ」

「わかりました。二人とも乗ってください。ちゃんと掴まってないと落ちますよ」

 アウロラは大きく羽を広げて飛び立つと、素早くノーチェの位置を確認し、背後から音もなく近付いて彼女の身体を鷲掴みにした。

 さすがのノーチェもこれには気が付かなかったらしく、彼女にしては珍しく間抜けな悲鳴をあげた。

「暫くだな、ノーチェ」

 クヌートが彼女の頭上から声を掛ける。

「クヌート! やっと来たなお前。今までどこで何してた!」

 ノーチェは必死にアウロラの足にしがみついている。

「レオンを連れてきた。ハンナは、今どこにいる?」

「すぐ向かってくれ。もしかしたら、あそこにも変なやつらが群がってるかもしれない。西だ。町の西側!」

「何が起こっているのか説明できるか?」

「こっちが聞きたいくらいだよ。いきなり赤いオーロラが現れたかと思ったら、ハンナの痣が目に見えて悪化するわ、町中で人はぶっ倒れるわ、挙げ句の果てに『選別の時』だの『魔女を探して殺せ』だの言い出す輩が出て来て、町の門まで閉めやがった。魔女のせいなんかじゃないんだ。ここで会ったスロって男に言われたんだよ。魔女の正体は、肉体から抜け出した悪霊だって。ハンナを襲ったものと、ヴァンが逃げ出すきっかけになった暴動の原因は同じだってな」

 ノーチェは早口で捲し立てたが、クヌートの中で回路が繋がった。

「やっぱり、そういうことだったか」


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