足止め
ヨルンの中に入ることを拒否されたノーチェ一行は、元来た道をのろのろと引き返していた。
都市の外とはいえ、これまで通ってきた道とはうって代わり、人々の姿で溢れている。街道の脇には毛皮や肉、自分で作った篭や木彫りの日用品などを勝手に売っている者たちがいた。
ノーチェはその中の数人に、数日前に仕留めていたウサギとキツネの毛皮を買い取って貰おうと話を持ちかけたが、満足のいく額で買い取ってくれる者は一人もいなかった。
「この額で満足できないなら他をあたるんだな。勇ましいお嬢ちゃん。まともに稼ぎたきゃ、町の中に入りな」
最後に話を持ちかけた男は、欠けた前歯を剥き出しにして馬鹿にしたように嗤った。
「オジョーチャンだと……? ナメてんのかてめえ」
ノーチェの双眸に陰が差し、ヴァンの額に冷や汗がにじんだ。
「まあまあ。他をあたった結果がこれなんだよじーさん。俺たちそのヨルンに入る金が欲しいんだ。あそこから最北へ向かう犬ゾリに乗りたいんだ」
ヴァンがすかさず間に入ってそう言うと、老人はまた馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「犬ゾリぃ? あのぼったくりの? ふん、物好きな人間がいたもんだ。最北なんてあんな場所、シロクマを仕留めに行くような奴しか行かんだろ。とにかく、毛皮の額は上げんからな」
「ヴァン、もう行こう。ここにいるやつら何言っても無駄みたいだ」
ノーチェはヴァンの首根っこを引っ張り、再びその場から離れた。
「これからどうするんだ? はした金でも売った方が良かったんじゃないかノーチェ?」
ヴァンが小さくノーチェの耳元で言った。
道の脇に腰を降ろした一行は、他の手を考えなければならなかった。持っていた毛皮は雪の上に広げておいた。
「かもな。でももっと良い値で買ってくれる人間がこの道を通るかもしれない。それに、金を稼ぐ方法が毛皮を売る他にまるでないわけじゃないぞ」
「さっき言ってた『ちょっとした案』ってやつか?何をするんだ?」
「そうだな。お前をマトに私が路地ナイフ投げを披露する」
ノーチェは平然と言い放った。
「……聞き間違いかな。誰に何を投げるって?」
「昔王都で見たことがあるんだよ。街の広場でナイフ投げや通行人の似顔絵描いて金稼いでた爺さん。ナイフ投げなら私にもできそうだし、ここは通行人も多いから良い見世物になるんじゃないかと思って」
「だからって何で俺が的なんだよ? 的ならその辺の木とか、雪だるまとかでいいだろ!」
「それじゃつまんねぇだろ。こういうので大事なのはスリルと独自性だ。安心しろ。急所は狙わないから。万が一刺さっても、そこは急所じゃないから死にゃしねぇよ」
「やめてくれ。そういう問題じゃない」
「そうだ。なんならもういっそハンナにも投げさせよう」
「やめろ! さすがにそれは洒落にならない」
「まあまあ立てよ。とりあえず一回私に投げさせろ。何でもまずはやってみることが大事だって言うだろ」
ノーチェがそう言い欠けたとき、今まで大人しくしていたハンナが「まってノーチェ!」とトナカイの上から彼女の髪を引っ張った。
「あのひと、さっきからずっとこっちみてるよ」
ハンナはそう言って道の反対側を指差した。二人がハンナの指差す方を見ると、そこには一人の茶髪の男が立っていた。長い癖毛を低い位置でひとつにまとめ、顎には立派な髭を蓄えている。大山猫のような鋭い目が、じっとこちらを見据えていた。ただ突っ立っているだけなのに、まるで幾多の試練を乗り越えてきたかのような妙な迫力がある。
「あのね、さいしょはきのせいだとおもった。でも、さっきからずっとちかくにいる。どうしたのかな」
ハンナが小声で呟く。
「さあ……なんだあいつ。おいヴァン、どう思う?」
「きっとあのおっさん、可哀想な俺に同情してるんだ」
「真面目に答えろ。直接刺すぞ」
「俺にわかるかよ! 毛皮を買いたいとかじゃねえの? まあ、あの眼力がウサギとキツネの毛皮が買いたい人間のものとは思えないけど……」
三人が話している間にも男はどんどんこちらに近寄ってくる。
「おい、なんか来たぞノーチェ。やっぱり俺たちの毛皮を買いたいんじゃないのか?」
「まさか……」
男は一行の目の前までやって来ると、まっすぐこちらを見据えてこう言った。
「失礼。もしかして君、ヴァンじゃないかい?」




