南の森の悲劇
驚くレオンの目の前で、クヌートは静かに語り始めた。レオンは彼が話終わるまでの間、何も言わずにただ黙って相槌をうっていた。
「まだ、十歳にも満たない頃だ。俺のいた村は盗賊のせいで滅茶苦茶になった。狩猟の問題で揉めていた隣の村の人間が嗾けたものだ。俺は命は助かったが王都まで連れて行かれ、南の森でトロールや魔獣の殲滅と、森を伐採する仕事を与えられた。集められた人間は俺のような誘拐されてきた子供や、どこかから流れてきた罪人。……軍人もいたが、上の反感を買って送り込まれてきたような訳有りな人間ばかりだった。
ある奴が、『こういう仕事はいつ死んでも問題のない人間がやるべきなんだ』とよく言ってたな。つまりそういうことなんだろう。俺たちは何の説明もなく放り込まれたが、トロールと闘わなくてはならないことと、自分たちに人間としての価値がなくなったことは、はっきりわかっていたと思う。
十五~六になるまでは、戦闘訓練や大人たちの使い走り、鬱憤の捌け口として徹底的に使われる。だから途中で自ら命を絶つ子供も少なくない。なんとかそこを生き延びてようやく森へ出て行っても、大抵はあっけなく死んでいく。皆、何故トロールを殺してまで森を切り開く必要があるのかも知らないまま、とにかくたくさん殺せばいつか自由になれるだろうと思っていたはずだ。そう信じなければやっていられない。とにかく殲滅すれば終わるという希望が、唯一の救いだったんだろう」
クヌートは淡々とした口調で、丁寧に話した。その様子にレオンは、どこか諦めのようなものを感じた。怒りや絶望を通り越し、最早他人事のようになっているようにすら思えた。
「……実際、あの森には何があるんだ? どうしてトロールたちを殲滅する? 放っておけば、滅多に村や街にはやって来ないはずじゃないか。住み分けはできていたはずだ。少なくとも、森を切り開く前までは」
レオンは尋ねた。
「鉱山だ。あの森を抜けた先に、銅鉱山がある。ゆくゆくは周辺に採掘用の街を作るつもりだったらしいが、あの広大な森とそこに住んでいるトロールや魔獣の存在がどうしても邪魔だった。化け物たちを一掃し、森を切り開いて王都から鉱山街までを道で繋ぐ。そういう計画があったらしい。よく世話になった医務室の人間が、そんな事をこっそり教えてくれた。もちろん、銅の採掘や道を作る作業にも、俺たちは借り出される予定だったんだろう。深刻な人手不足を補うには丁度いい材料だ。死んだところで、誰も悲しまない。賃金もろくに払わずに使い潰せる訳だ」
「なるほど……鉱山か。でも、それとハンナを襲った魔女と何の関係が?」
「俺が記憶を無くして遊牧民に拾われたすぐ後だと思うが、あの場所で大きな騒ぎが起こったらしい。詳しい内容はわからない。わかっているのは、死人が出るような奇病が流行ったということと、その数日前、南の方角に赤いオーロラが出ていたことだけだ。可能性は低いが、もしその奇病の原因がヨルンから南の森へ逃げた魔女の仕業だったとしたら、辻褄が合う気がしないか」
「うーん。奇病、赤いオーロラ……確か、赤いオーロラは災難が起こる前触れだったはず。それも死人が出るような災難の」
レオンは腕を組み、眉間に深いしわを寄せて首を捻った。
「ただ、その魔女がヨルンを逃げ出してから今に至るまで、どうやって生きてきたのかは説明出来ない。魔女狩りが起きたのは今から百年近く前だ。ブランカもそこまでは長生きしなかった」
恐らくハンナを襲った魔女はブランカより歳が上のはずだった。確かに彼女も普通の人間に比べればかなり長生きしたが、ハンナを襲った魔女はその比ではない。
「そこなんだよな。引っ掛かるのは……」
二人は小さくため息をつき、暫くの間沈黙した。
「まあ、とにかく――」
レオンが椅子から立ち上がった。
「ずっとここにいても埒が明かない。まずはヨルンへ行ってみようじゃないか」




