第二の都市へ
夜明けと共に三人は出発した。
北の第二の都市であるヨルンを目指して街道を歩く。ヴァンが幼少期にこの都市の近くに住んでいたということもあり、ノーチェは彼を先頭に立たせることにした。
「まあ、住んでたっていうよりは間借りしてたって言うのが正解だな」
地図を右や左に傾けながらヴァンが言う。
「ねえ、ノーチェ。あのひとだいじょうぶかな」
ハンナが小さな声でノーチェに耳打ちした。彼女はヴァンを怖がってはいなかったが、自ら進んで話しかけたり傍に寄っていくことはほとんどなかった。レフの村を出る時も最後まで嫌がったのはハンナだった。クヌートを見つけると言って聞かず、ノーチェは彼女を説得するのにかなり苦労した。
ヴァンをクヌートの代わりにしようとする周りの判断が気に入らなかったのだろうかと、ノーチェは独り頭の中でぐるぐると考えを巡らせていた。ハンナの痣が進行したためとはいえ、妙な罪悪感があったのだ。そのためハンナの耳打ちも聞き逃した。
「ノーチェ? どうしたの?」
トナカイの背中からハンナが心配そうにノーチェの方を見つめている。
「え? 何か言ったハンナ?」
「ノーチェ、さいきんずっとげんきないよね」
青い目が不安そうに揺れる。
「それは俺も思う」
前にいたヴァンがさりげなく話に加わってきた。
「ハンナ、ノーチェは寂しがり屋なんだよ。昨日の夜だって怖い夢見て――」
口元がにやついている。ノーチェは黙ってヴァンの尻を蹴った。
――こいつ、おもしろがってやがる。
ノーチェは心の中で舌打ちした。
「さびしいのノーチェ? クヌートならきっといきてるよ? およぎはとくいだもん」
ハンナが言った。
「……そうなのか?」
「うん。ずっとまえに、はしるのとおよぐのはとくいだってブランカとはなしてた。だからノーチェ――」
小さな手が優しくノーチェの頭にのびる。
「うわぁ、子供によしよしされてやんの……」
すかさずヴァンが近くにやって来てノーチェに囁きかけた。今度は実際に舌打ちが出た。
「お前は黙って歩け。口を縫うぞ」
ノーチェがヴァンの尻を蹴ると彼はにやつきながら元いた位置に戻っていった。
ヨルンまでの道のりはこれまでのような険しい道と違ってきちんと舗装されており、盗賊の姿もない。それどころか度々他の旅人や商人の馬車とすれ違うようになった。時折通りがかりの旅人に声を掛けられることすらあった。
「やっぱり都市が近いだけあるな。道も歩きやすいし、何より知らないやつが挨拶までしてくる。私の村じゃ知らないやつにはまず声なんか掛けない」
ノーチェは道行く通行人を眺めながら言った。
「あんまり信用しないほうがいいぞ。雑談と見せかけて物を売りつけてくる輩もいるし、どさくさに紛れて何かスられたこともあるからな」
ヴァンはそう言って顔をしかめたが、その様子は懐かしさのためかどこか嬉し気だった。
「ほら、見えたぞ。あれが街の入口だ」
真っ直ぐに延びた道の向こうに城壁のようなものが見える。
「あの門はどうやって突破するんだよ? 前に王都はかなり厳しいって聞いたぞ。ここは大丈夫なのか?」
ノーチェが尋ねるとヴァンは得意げに鼻を鳴らした。
「滞在期間と目的、どこから来て、これからどこへ行くのかさえ答えられれば問題ない。王都よりいい加減だ。なんとからるさ」
「駄目だ入れられん。入るには許可証か、金が必要だ」
謎の自信を募らせるヴァンに、門番はばっさりそう言い放った。
「えっ」
「クソ。金はクヌートが持ってたんだよなぁ……すっかり忘れてた」
ノーチェがため息をつく。ヴァンとノーチェの所持金は粗末なものだった。二人分を足しても街の中には入れてもらえない。
「許可証? 金? 昔はそんな制度なかっただろ?」
ヴァンが門番に食って掛かる。
「ついこの間変わったんだよ。金のない連中を中に入れると盗みを働いたり勝手に怪しい商売を始めたり暴力を振るったりするからな。昔は金のない悪ガキがしょっちゅう入り込んで街の治安を乱したもんだ。……それに、最近街で妙な騒ぎが起こっている。最近は『変な奴を街へ通した門番に責任があるんじゃないか』と責め立てる輩まで出てくる始末だ。だから尚更、やたらに得体の知れない人間は入れられない」
背の高い屈強な門番がじろりとヴァンを見下ろす。
「妙な騒ぎ?」
「俺も詳しいことは知らんが、住人の変死が連続で二件起きたんだと」
「ひえぇ、随分と物騒になったんだな」
「お前、元々ここの住人だったのか?」
「えっ、いや、ええと……」
ヴァンが答えに詰まっていると、ノーチェが二人の会話に割って入ってきた。
「要するにあれだ。金が要るんだろ? 出直してくるから、ちょっと待っててくれ。ほら、行くぞヴァン。ちょっとした案があるんだ」
ノーチェは右手でヴァンの首根っこをがっちり掴むと、左手でハンナの乗ったトナカイの手綱を引き、来た道を引き返した。
次回は10月23日更新予定です。
クヌート(ビョルン):主人公。数年前に雪崩巻き込まれそれ以前の記憶が曖昧になっていたが、魔獣との戦闘により死にかけたことをきっかけにようやく記憶の大半を取り戻した。しかし、ある一点だけがどうしても思い出せない。
ハンナ:産まれて間もなく邪悪な魔女に呪いを掛けられた少女。左側の手足に痣がある。呪いを完全に消し去るため北の魔女の元へ向かっているが、最近痣の容態が悪化してきた。
口数が増えてきており、ノーチェの心情を気遣えるまでになってきている。
ノーチェ:クヌートの友人。気性が荒く口も悪いため、男性に間違われることがある。幼いころから森に入り、特技の弓で狩猟を行ってきた。クヌート一人にハンナを委ねることに不安を感じ、旅に同行する。
荒々しい一方で責任感も強く、ハンナに何かされると憤慨する。
最近は少々傷心気味。
ヴァン:かつてクヌート(ビョルン)と同じトロール狩りの部隊にいたという青年。クヌートよりひとまわり小柄で逃げ足が速く部隊にいたときも腰抜け呼ばわりされていた。クヌートが行方をくらませてから間もなく脱走し、レフの村で生活していたが、クヌートが消息を絶った為にノーチェたちに同行する。
よくドジを踏むが、他人の気持ちを察する能力には長けている。
レフ:地図にものらない山奥の村の村長。かなりの歳だが腕の良い猟師。ヴァンを拾い、弟子として育てようとしていたが、クヌートが消息を絶った為にノーチェたちに同行させる。
カール:しがない賞金稼ぎの男。
王都でビョルン(クヌート)の貼り紙を見つけ、その後偶然本人に遭遇する。そこに運命的なものを感じたのか、クヌートを捕らえて王都に引き渡そうとする。ドジ。
スロ:ビョルンとヴァンのことを知っている数少ない存在。以前王都で兵士の怪我の治療をしていた。特にクヌートに対しては何かと心配していたようだ。
カレン:スロの母親。




