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白銀の国 ―極北のクヌート―  作者: 生吹
5.ビョルン
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ノーチェの悪夢

 晴れ渡る空の下、ヴァンに殴られた盗賊の歯が宙を舞う。

「バカ野郎お前! 俺たちが金持ってるように見えるか! こちとら今日、明日のご飯で手一杯だわ!」

 ノーチェはヴァンと共にハンナを連れて街道を歩いていた。

 道中二人の盗賊に遭遇し、足止めを食らったのだ。

 クヌートが姿を消してから数日の間、村人たちによる懸命な捜索が行われた。

 しかし川の中から見つかったのは巨大な魔獣の死骸だけだった。

 カールがクヌートを連れ去ったのはほんの数分の間であったことに加え、レフやアランは気絶したヴァンに気を取られていたせいで駆けつけるのが遅れてしまったのだ。どんなにその場を探せどもクヌートの姿が見つかるはずもなかった。運悪く悪天候も重なり、捜索は難航した。

 念のために魔獣の腹を切り、胃袋の中を確認したが、クヌートのものと思われる遺体や装飾品は見つからなかった。

 そんな時、予期せぬタイミングでハンナの痣に異変が起き始めた。

 薄く灰色だったはずの痣が、突然黒く変色し始めたのだ。



「先を急ごう。最北には私たちだけで行く。明日の朝、出発する」

 季節外れの吹雪が吹きすさぶ夜、ノーチェはレフとヴァンにそう告げた。クヌートの捜索を断念し、ハンナと二人で先を急ぐ決断をしたのである。

 しかし、この時彼女はまだクヌートが死んだとは考えていなかった。少なくとも、死体が上がるまでは生きているはずであるとどこかで信じていた。

「捜索はこっちで続けるから心配するな。役に立つかはわからんが、代わりにこいつを連れていけ」

 そう言ってレフが差し出したのがヴァンだった。

 ヴァンはこの辺りの地形について詳しく知っていたので、わざわざ地図を広げて頭を悩ませる手間が省けたのだ。



「運がよかったよお前たち。ここにいたのがこいつで良かったな。クヌートだったらどうなってたかわからん」

 ノーチェは地面に倒れた盗賊の髭を鷲掴んで言った。

「そうだ。ついでに聞いとくけど、お前魔女についてなんか知知らねぇか? 例えば誰かが謎の痣に蝕まれて死んだとか」

「魔女ォ? なんだお前、それが人様にモノ頼む態度かよ?」

 髭を掴まれた盗賊は頓狂な声を上げた。

「おいオヤジ。この国じゃ盗賊は殺しても罪に問われないって知らねえか?」

 ノーチェは掴んでいた盗賊の髭を揺すぶり、口汚く続けた。

「毎日毎日汚ねえ格好でヒト殺して物盗んでる奴に言われたかねえわ」

「何の話してるかさっぱりだぜ! このクソアマ」

 盗賊はそう言ってノーチェに唾を飛ばしてきた。激昂したノーチェが勢いよく振り上げた拳を、ヴァンが慌てて掴む。

「おい、おいノーチェ! 喧嘩してる場合じゃないぞ。もう行こう。一体どうしたんだよ? ハンナが見てるだろ?」

 ヴァンは苦労してノーチェを盗賊の男から引き剥がした。

 ここのところ、ノーチェは明らかに気が立っていた。突然クヌートが消えたことや、ハンナの容態が悪化したことが主な原因だった。

 焦っている。それは彼女本人にも嫌というほどわかっていた。




 その日の晩、三人は道中見つけた廃屋をねぐらにすることにした。真っ白な平原のど真ん中に佇むその家は、放置されていた割にしっかりとしており、ほとんど隙間風も入ってこないため、暖炉に薪をくべて暖を取ることができた。

 ノーチェは炎が消えないように見張っていたが、連日の疲れが祟ったためか、座ったままウトウトし始めた。肉体的な疲労もあったが、一番はやはり精神的な疲労によるものである。


 ふと気が付くと、眠っていたはずのハンナがすすり泣いていた。

「ハンナ。どうした? 怖い夢か?」

 近づいて見てみると、ハンナの全身には真っ黒な痣が蔓延り、苦痛に顔を歪める彼女の身体を容赦なく蝕んでいた。

「たすけてノーチェ……」

 ノーチェは咄嗟にハンナを抱きかかえた。だがどうすることもできない。

「おいヴァン! 大変だ、起きろ! 起きてくれ!」

 ノーチェはヴァンを起こそうと彼の身体を揺さぶった。だが、そこである違和感に気が付いた。全身に鳥肌が走る。

「……ヴァン?」

 よく見てみると、ヴァンは死んでいた。

 全身にハンナと同じような痣があり、口からは大量の血を吐いていた。目は開いたままだったが、その瞳は白く濁り、ぼんやりと暖炉の炎を反射させている。

「嘘だ。こんな事あり得ない」

「ノーチェ、ごめんね」

 腕の中のハンナが唐突にそう言った。いったい何に対して謝っているのかわからない。

「頑張れハンナ。必ず、必ず私は――」

 ノーチェがそう言いかけた時、玄関の戸が音を立ててゆっくりと開いた。

「手遅れだ。殺せ、ノーチェ」

 クヌートだった。

 彼の背後の空は真っ赤だった。血のような色をしたオーロラがゆらゆらと揺れ動き、クヌートの生白い頬を微かに照らしていた。

「クヌート、生きてたのか! 手遅れって、どういうことだ……?」

 ノーチェは震える声で尋ねた。

「その子供を殺せ。もう助からない」

 クヌートは冷たくそう言って家の中に足を踏み入れた。彼が踏んだ場所だけ、床の木が見る見るうちに腐っていくのがわかった。おまけに全身から肉の腐ったような臭いまで漂わせている。

「寄るな!」

 ノーチェは叫んだ。

「誰だお前?」

 目の前の人間はクヌートのようで、そうではない。いや、それとも……

「クヌート、お前、死んでるのか……?」

 そう呟くと、突然背後から何者かに肩を掴まれた。



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