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呪いと村人

 一方、村に残ったノーチェは村長の妻を看病した村人に魔女の呪いについて聞き込みをしていた。ハンナは仲良くなった村の子供たちと昼寝をしている。

「魔女の呪いについて、話せる限り聞かせてほしい。彼女はどんな容態だった?」

 ノーチェは長いお下げの大人しそうな少女に尋ねた。彼女は村長の孫で、大のお婆ちゃん子だったため、最後まで付きっきりで看病したのだという。

「お婆さんはね……」

 少女は身に付けていた前掛けの裾を固く握りしめた。

「話せる範囲でいい。やめたくなったら、いつでもやめていい」

 ノーチェの声に、少女は小さく首を振った。

「やめない。あのハンナって子の力になりたいの。お婆さんが自力で村まで帰って来た時は、全身に奇妙な黒い痣があった。最初は煤で汚れているのかと思ったくらいだったけど、良く見てみると、その痣、小さな文字のような形をしていて、時々動いた。もしかしたら、一定の間隔だったかもしれない。動く度に広い範囲に広がっていくみたいで、それが始まると全身が痛いみたいだった。日を追うごとに進行して、私にはどうすることもできなかった。治せる人がいたとしても、とても動かせるような状態でもなくて……」

 案の定、少女は泣き出した。後から後から頬を伝い、前掛けに染み込んでいく。それでも尚、話続けようとする。

「ありがとう。もういい。よくわかった」

 正直なところ、ノーチェもここまで酷いとは思っていなかった。彼女は呪いについて何か知識があるわけでもなければ、邪悪な魔女に会ったこともない。ハンナの腕の痣しか見たことがなかったのだ。

 ノーチェは少女を軽く抱きしめてやると、もう一度例を言ってその場を後にした。

 魔女はハンナを呪った者と同じである可能性が高い。痣が全身に回っていないいところや勝手に動かないこと、特に痛みがないところなどの条件は一致しないが、それはおそらくブランカの治療によるものなのだろう。

 外に出ると、一人の小太りの女が山羊の背を撫でていた。

 女はノーチェと目が合うとまっすぐこちらへ近寄ってきた。

「ちょっとあなた。村長を見なかったかしら?」

 女は尋ねた。

「村長ならヴァンとクヌートを連れて大分前に出ていった。詳しいことは私もよくわからない」

「そう。今日の夕食はトナカイ肉と鴨肉どちらがいいか訊きたかったのだけど……それともお魚の方がいいかしら? スープはカブと豆どちらにしようかしら?」

 女は困った顔をして前掛けで両手を拭ったが、困ったのはノーチェも同じだった。

「あなたは?」

「私は奥さんが亡くなってから、ずっと村長の身のまわりのお世話をしているわ。今ではもう立ち直ったみたいだけど、最初は奥さんの死がなかなか受け入れられなくてね。ようやく受け入れたと思ったら、今度は森へ入ってばかりよ。狩りの知識なんてほとんどないのにね。でも、あれは狩猟だけが目的ではないと思うわ。きっと探してるのよ。奥さんを殺した魔女を……」

 女はおしゃべりが好きなのか、聞いてもいないことまで半ば一方的に語り始めた。

「気の毒だったわ。皆弱っていく奥さんを見ていることしかできなかった。ここは地図にものらないような村だし、お医者さんに連れていくのも、連れてくるのも難しくて。そうこうしているうちに亡くなってしまったわ。他の人たちのようにね」

「他の人たちっていうのは、奥さんの友達?」

「そうよ。一緒に森へ入った女の人二人と、それに赤ん坊が一人……可哀想に。だけど、どうしてあんな魔女が村の近くにいたのかしらねえ。今までだって、こんなこと一度もなかったのよ。私はてっきり、邪悪な魔女なんて言い伝えの中だけにいるものだと思っていたわ。南の森に潜んでいるってね」

「南の森……確か、あそこは未開の地だったはず」

 ノーチェはつぶやいた。トロールや魔女が出るのは南の森しかあり得ない。人々はそう思っているのだ。しかし、今では魔物たちは森の外へ行動範囲を広げている。

「それより今晩の献立よ。たまには鴨肉が良いと思うのよねぇ。鴨肉だったらスープはカブと豆どちらの方がいいかしら?」

 ノーチェが考えている間に、女の話はまた振り出しに戻ってしまった。彼女が本当に話したいことはそれなのだ。

「作りやすい方で良いと思う」

 ノーチェは適当に返事した。だが、それから先も女の話はだらだらと続けられた。


 女と別れ、いい加減ハンナのところへ行く時間だと思ったノーチェは、彼女が寝ている家に戻った。この辺りは日が暮れるのが早く、空はもう暗くなっていた。

 一体何があったのか、ハンナは泣いていた。その回りには仲良くなった村の子供と、その母親がおろおろとお互いに顔を見合わせている。

「ちょっとうなされたみたいで、暫くは呆然としていたんだけど、急に泣き出してしまって……」

 母親は戸口にノーチェの姿を確認すると、眉尻の下がった顔でそう言った。

「おいで、ハンナ」

 ノーチェが腕を延ばすと、ハンナはすぐに飛び込んできた。そして、思いがけないことを口にした。

「クヌートが死んじゃう」



毎度のことで大変申し訳ありませんが、来週はお休みです。

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