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 その日、村では熊のスープや血の腸詰めなどがふるまわれた。脂の乗った熊肉のスープは旨味が強く、人々の冷え切った体を芯から温めた。

 クヌートたちはヴァンと一緒に村長であるレフの家に招かれた。彼の家に奥さんはいないらしく、部屋のそこかしこに毛皮や剥製が置いてある。これらはすべて彼が一人で仕留めたものであるらしい。

「レフ爺さん。ひとつ疑問に思うんだけどいいかな?」

 熱いスープをすすりながらノーチェが言った。

「ん、どうした?」

「いや、ハンナの痣のことなんだけど。どうして誰も怖がらないんだ? 前の村では散々な言われようだった」

 レフやヴァンもそうだが、村人たちもハンナの呪いに対して拒否反応を示さなかった。

「怖がってはいただろうさ。ただ――」

 レフが目の色を変えた。

「この呪いはうつらないと皆知っている。わしの妻の死因だからな」

「何?」

 ノーチェは危うく熊肉を喉に詰まらせそうになった。ハンナもクヌートも食べるのをやめてレフの方を見ている。ハンナの顔に恐怖の色が浮かぶ。

「ああ、悪い。心配するなハンナ。わしの妻が死んだのは、お前さんよりずっとずっと重症だったからだ。どうか、怖がらないでくれな」

 まずいことを言ったことに気がついたレフは、慌てた様子でハンナに弁解した。

「もう、三年以上前の話になるがな。友達と森へ入った妻が、夕方ひとり弱り切った様子で村へ帰ってきた。どうしたのか尋ねると、森で魔女に会ったと言ってな。友達の方はすぐに殺されたが、妻は七日は生きとった。その間村人総出で看病しとったんだ。それで、呪いがうつった奴はひとりもいなかった」

「もしそれがハンナを襲った魔女と同じものだとしたら、ハンナを襲った後、魔女は北へ移動したことになる訳か」

 ノーチェはふと、ハンナの兄、レオンのことを思い出した。彼は今どうしているのか気になる。ブランカが死んだとき、クヌートが彼の元に手紙を出したらしいが、それ以外は何もわからない。彼女は彼を村に送り届けて以来、一度も会っていなかった。

「その魔女はどうなった?」

 今度はクヌートが尋ねた。

「わからんよ。あれから、その魔女の姿を見た者は一人もいない。おまけに、それに追い討ちをかけるように熊の被害だ。村の人間は確実に弱ってきとる。この前も仲間の猟師が二人いなくなった」

 レフは熊のスープを一気に飲み干した。部屋の中の空気はなんとも重苦しいものになっている。

「私の方から切り出しておきながら悪いんだけど、この話、食事中にするもんじゃねえな……」

 ノーチェが小さく右手を上げ、うかがうようにそんなことを口にした。



 昼飯の後、クヌートはレフ、ヴァンと共に村の周辺を見て回った。ノーチェはハンナから目を離したくないのか、着いては来なかった。

 レフとヴァンはクヌートを一件の家の前まで連れてきた。

「見ろ。最初の犠牲が出た場所だ。夜、ここの家に例の熊が入ってな。夫婦二人が殺された。二人の悲鳴を聞いた村人が急いで駆けつけたが、熊は旦那の方を森の中へ引きずり込んで姿を消した。目撃者は三人だったが、そいつらが見たのは巨大な黒い毛の塊だけだ」

 レフは破壊された家の扉に挟まっていた獣の毛をむしり取った。かなりの剛毛だ。

「それから、暫くして、また村人が殺された。こうなるとさすがに放ってはおけないから、俺と爺さん、あと他の猟師たちが森へ入った。村人たちを殺した化け物熊を、皆で仕留めようとしたんだ。だけど、その最中にも二人姿を消した。身体の一部だけを残して……それからは、俺と爺さんだけでひっそり敵の居どころを探ってる」

 ヴァンの方はかなり怯えているようだった。

「トロールとは訳が違うんだよ。トロールの場合、力は強くても動きは比較的鈍いし、デカいからどこにいるのかすぐわかる。まあ、俺はトロール狩りでもほとんど役に立たないクズだったけど。でも、この熊はもっと駄目だ。動きが速いうえになかなか姿を現さない。あれをやるにはお前の力が必須だ、ビョルンーーああ、今はクヌートって名付けてもらったんだっけ?」

 どうやらヴァンはクヌートを熊退治に協力させたいらしい。

「おそらく、俺がビョルンだということは間違いじゃない。ただ、自分の名前だという自覚は今のところ、ない」

 クヌートがそう告げるとヴァンはやや残念そうに肩を落とした。

「そうなんだよな。……じゃ、クヌートって呼ばせてもらうよ。不本意だけどな」

 それから三人は村から出て、再びアレクシの遺体のある地点まで歩いていった。危険を覚悟で、熊を仕留めるための罠を仕掛けるというのだ。途中、屈強な村の男二人に出会い、彼らも同行したいとしつこく言い出したので、連れていくことにした。

「今朝も一緒に連れていってくれりゃあな。みずくさいぜレフ爺さん。そんな腰抜け一人じゃ心もとないだろ。そっちのでかいのがいなけりゃやばかったんじゃないか?」

 二人のうち若い方がクヌートを指さして言った。「腰抜け」とは、言わずもがなヴァンのことである。

「ダズ、アラン。お前たちお遊び気分なら連れてかんぞ」

「お遊び気分で敵討ちなんか行くかよ」

 年上の方のアランが言う。彼らの手には長い山刀、背には弓があった。

 五人に増えた一行は、例の地点まで静かに歩みを進めた。

 レフはアレクシの遺体を罠に利用しようと考えていたのだが、あろうことか、その場所にアレクシの姿はなかった。雪の中に埋められていた彼の遺体は、何ものかによって掘り返されてしまったようで、穴だけが残されていた。



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