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仲間との再会

 この崖を越える道を知っているのか、若者と老人はクヌートのいる崖の上まであっという間に登ってきた。若者の方は薄茶色の髪で、老人の方は雪のような白髪だった。若者の方はクヌートの顔を見るなり驚愕の表情を浮かべ、ものすごい勢いで詰め寄ってきた。

「……ビョルン? お前ビョルンじゃないか!?」

 いきなり赤の他人にがっちり肩を捕まれ、クヌートは困惑した。しかし、その名前には聞き覚えがあった。


 ――俺の記憶違いでなければ、お前の名前はビョルンなはずだ。

 ――お前は脱走兵だ。


 湖の畔で出会った、たちの悪い青年の言葉が甦る。そんな彼らも、今はもうこの世にいないのだが。

「……とすると、俺が『ビョルン』なのは本当ということになるわけか」

 クヌートは自分の肩を掴む鬱陶しい男の手をさりげなくどかした。一方、男の方は目を丸くし、首を傾げた。

「何言ってるんだお前? ビョルンだろ。まさか、俺を覚えてないのか?」

「知るわけない」

 クヌートがそう言うと、男は酷くショックを受けた様子でゆっくりと老人が見守る方へ後ずさりした。

「どうした、ヴァン? お前の知り合いじゃないのか?」

 老人は男に尋ねるが、男は質問を無視して何かぶつぶつ言いだした。

「そんな。嘘をつくほどにあの時のことを怨まれていたとは……俺を知らないビョルンなんて、ますますおっかないじゃないか」

「何を言ってる?」

 すかさずクヌートが聞き返す。

「仕方ないだろ。俺だって助けたかったよ。あの時は」

「だから、何の話だ?」

「お前、嘘ついてるんじゃないのか?」

「何のために?」

 男は一瞬だけ「しまった」とでも言いたげな顔をしたが、すぐに話題を逸らそうと再びクヌートの肩を掴み、唾が飛んで来るほどの距離まで顔を近付けた。

「思い出すんだ! 俺はお前と同じ部隊にいたヴァンだ。少し前、お前が消息を絶った後、あそこで暴動が起きて、俺も逃げ出したんだよ。少しは俺の事覚えてないか?」

「いや、全く……」

 クヌートは興味のない質問に対して考えずに即答する癖があったが、この問題については本当に何もわからなかった。

「少しは思い出そうとする努力をしろ。ああ……やっぱり、あの雪崩がいけなかったのか? お前、よく生きてたな」

 自らをヴァンと名乗る男はそう言って項垂れたると、また老人の所へ後ずさりした。

「ほれ、ヴァン。気は済んだか?」

 冷めた目で二人の再会をずっと眺めていた老人が、おもむろに口を開いた。

「ああ、レフ爺。ほったらかしにしてごめん」

 ヴァンはほったらかしにしていた老人の方に向き直った。レフという老人はゆっくりとクヌートの方へ歩み寄り、頭の天辺からつま先までじっくり眺めた。

「怪我は、ないようだな。あの熊相手に大したものだ」

 そう言うと、今度は崖下の熊を見た。熊は口から舌を垂らし、足を投げ出すようにして死んでいた。

「今からあの熊をうちの村まで運ぶ。ここ最近、村では何人も熊に喰われて死んどるんだ。あの熊は、おそらくうちの村人を何人か喰っとる」

 レフは眉間にしわを寄せ、熊の方を睨んでいた。

「お前も一緒に来いよ。あの熊をやれたのはお前のおかげでもあるんだ」

 割り込んできたヴァンはまたクヌートの肩を掴もうとしたが、今度はクヌートの方が後ずさり、彼の手はむなしく空を切った。

「まさか、お前一人じゃないのか?」

 ヴァンが何か察したように尋ねる。

「生きてる連れが二人と、死んでるのが一人、それからトナカイも一頭いる」

「死んどるだとォ?」

 レフが頓狂な声をあげる。

「あなたと同じくらいの老人だ。そっちの森の中で、何かに殺された」

 クヌートは淡々とした調子で二人に告げた。



 三人はアレクシが埋められていた地点までやって来た。彼の遺体は、変わらずそこにあった。

「おお、なんと無残な……熊の仕業か?」

「おいビョルン。お前どういう関係なんだ? この爺さんと」

 二人はアレクシの周りを観察するように歩き回っていた。

「何日か前、トロールの出たシュヘン村から訳あって連れてきた」

「トロール……!?」

 二人は同時に動きを止めて叫んだ。

「トロールって、あのトロールと同じか?」

 ヴァンが恐ろし気に尋ねる。

「……どの?」

「だから、俺たちが南の森で殺してた、あの臭くてでっかいトロールだよ。まさか、それも忘れちまったのか?」

 クヌートは無言で俯いた。その間もヴァンは喋り続ける。

「でも、トロールがあんなところまで来てるなんて思わなかったな。そいつらがこっちの村まで来るのも時間の問題なんじゃないか」

「それはない。全部殺した」

「……もしかして、お前が?」

 ヴァンの問いにクヌートが無言で頷いて見せると、彼は大袈裟に口をあんぐりと開いた。

「それより、この死体の噛み跡と周りの足跡を見ろ。どう見てもおかしい」

「え?」

 クヌートはそんなヴァンを無視し、アレクシの首元の噛み跡を指先でなぞった。

「ああ、妙だな。足跡と噛み跡の大きさが不自然だ。ここにある足跡はかなり大きい。さっき殺した熊が付けたものよりな。だが噛み跡はその大きさの割に小さい」

 首を傾げるヴァンの隣で、レフが静かに頷く。

「つまりなんだ? ここまでこの爺さんを連れてきた熊と、噛み跡を付けた熊が別物だっていうのか? もっともっとデカいのがこの森にいるって?」

 ヴァンの額に冷や汗がにじむ。動揺した様子で辺りをきょろきょろ見回す姿は、およそトロール狩りの戦士とはかけ離れている。

「そうだな。馬鹿に足ばかりデカくて口が小さい化け物でもいない限りそうなるぞ。どうだ、ヴァン。燃えてきたろう?」

「いや、小便が漏れそうだ。大体、冬眠しそこなった熊なんてそう何匹もいてたまるかよ。いくら昔より温かくなってきたからって――」

 ヴァンがそう言いかけた時、近くで何かが雪を踏む音がした。


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