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闇に潜むもの

クヌート:主人公。数年前に雪崩巻き込まれそれ以前の記憶が曖昧になっていたが、盗賊や謎の人物による襲撃、トロールとの戦闘を経てわずかにだが記憶を取り戻しつつある。最近少しずつ口数も増えてきた。

ハンナを北の魔女の元まで無事に送り届けることと、記憶を取り戻すことを使命としている。


ハンナ:産まれて間もなく邪悪な魔女に呪いを掛けられた少女。左側の手足に痣がある。呪いを完全に消し去るため北の魔女の元へ向かっている。クヌート同様最近口数が増えてきた。


ノーチェ:クヌートの友人。気性が荒く口も悪いため、男性に間違われることがある。幼いころから森に入り、特技の弓で狩猟を行ってきた。クヌートにハンナを委ねることに不安を感じ、旅に同行する。

荒々しい一方で責任感も強く、ハンナに何かされると憤慨する。


ヴァン:かつてクヌート(ビョルン)と同じトロール狩りの部隊にいたという青年。クヌートよりひとまわり小柄で逃げ足が速く部隊にいたときも腰抜け呼ばわりされていた。クヌートが行方をくらませてから間もなく脱走し、レフの村で生活している。


レフ:地図にものらない山奥の村の村長。かなりの歳だが腕の良い猟師。ヴァンを拾い、弟子として育てようとしている。


アレクシ:シュヘン村で出会った老人。トロールの襲撃に伴いクヌート一行と共に村を出た。それから暫くは旅路を共にするが……



 一行はアレクシという老人を新たに仲間に加え、旅を続けていた。日がだいぶ傾き始めると、四人は緩やかな斜面に雪洞を作り、入り口の前で小さな火を焚いていた。


「くそ。犬ぞりも、家も、財産も、全部なくしちまった。わしはこれからどうすればいいんだ」

 アレクシは寒さに震えながら独りしくしくと泣き出した。最近、同じやり取りが増えてきていた。

「おお、わしの愛する犬たちよ!」

「まったく、これで何回目だ。ワンワンのことはもう諦めろ。住居や金なんかは追々私かクヌートがなんとかするって言ったろ。……そうだよなクヌート?」

 ノーチェは舞台俳優のように嘆くアレクシの肩を叩きながらクヌートの方を見た。もうこんなやり取りが毎晩のように続いている。しかしクヌートは眉間にしわを寄せたまま返事をしなかった。

「……どうした?」

 ノーチェが尋ねるとクヌートははっと我に返り、「記憶が戻ったかもしれない」と言った。

「おまえの記憶ってヤツは本当に場を読まないよな」

「なんだお前、記憶がなかったのか?」

 アレクシは泣くのをやめてクヌートの方を見た。

「なにをおもいだしたの?」

 眠っていたハンナもいつの間にか目を覚まし、期待のこもった眼差しで見つめている。

「あの村にいる時、妙な既視感があった。俺は、前にトロールを殺したことがあるし、村が焼ける様子も見たことがある……気がする」

「それから?」

 ノーチェが詰め寄る。

「いや……それだけだ」

「それだけか? もっとこう、何か、あるだろ。つまりなんだ? あの村で起きたことと全く同じ体験を、過去にしてるってことか?」

「そうかもしれないし、そうじゃない気もする。ただ、村が焼けている時の記憶は随分懐かしい感じがした。子供のころのような」

 そう語るクヌートの口調には、珍しく人間らしい感情が含まれていた。

「まあ、お前が何か特殊なことをやってたっていうのは、ちょっと考えればわかる。明らかにトロールは殺し慣れてるようだったし。……まあ、何とは断定しないけどな」

 ノーチェは口の端ににやりと笑みを浮かべていた。

「面白そうじゃないか。お前、さてはいくつか予想しているな? 教えろ。わしにも教えろ」

 アレクシはにやつくノーチェを肘でつついた。もうすっかり機嫌を直したようだった。

「えー、どうしようかなぁ。今予想とか言っちゃって、もし当たってたら面白くないしなぁ。ここは敢えて正解率の低い予想を立てておくのが、筋だろうなぁ。あぁ、でもなんだかなぁ。なんだかなぁー。隠すほどのことでも……だってもうなんとなくわかるだろ?」

「なんだ勿体ぶって。実はわしも今予想を立てたぞ。これはおそらく正解とみて間違いないだろう。どうだ? 聞きたかろうノーチェ」

「じゃ『せーの』で言うぞ」

「よーし、じゃあいくぞ? ――せーのっ!」

「待て、静かに……!」

 ノーチェとアレクシの気味の悪いやり取りを、クヌートは一言で断ち切った。

「なんだよ。大丈夫だって、すべてを知っても私は絶対お前を裏切ったりなんか――」

 ノーチェはそう言いかけてやめた。雪洞の外に、何やら妙な気配を感じたのだ。

「外に何かいる」

 クヌートがつぶやくと、隣で横になっていたハンナが勢いよく起き上がり、ノーチェの腕の中へ飛び込んだ。

「なにがいるの? トロール? そとのニナはへいき?」

「それはわからな……ニナ?」

 聞き慣れない名前に、ノーチェは首を傾げた。

「トナカイのなまえ。つけてあげようとおもって」

「あれって、確か雄だったような……まあいいか。心配なら後で中に入れていいぞ。だいぶ狭くなりそうだけど」

 外にいるのは何者なのか。自然と額に冷や汗が滲む。

「トロールじゃない」

 クヌートが言いきった。ノーチェはクヌートの表情が今までにないほどひきつっていることに気が付いた。額にもうっすらと汗をかいている。

「大丈夫か? なんかお前、変だぞ」

 ノーチェはそう声を掛けたが、クヌートは返事をしなかった。そればかりかおもむろに立ち上がると、外へ出て行ってしまった。

 しばらくの間、雪洞の中は静寂に包まれた。外からはクヌートの雪を踏む音だけが聞こえてくる。

「……何もいなかった」

 頭に雪を乗せたクヌートが首をひねりながら帰ってきた。

「なんだ、お前さん……生きた心地がしなかったぞ。わしは何も感じなかったから、おかしいとは思ったが」

 アレクシがため息をついた。

「いや、でも確かに……」

 クヌートはノーチェの方を見た。ノーチェも困ったように首を傾げている。

「でもまあ、何もいなかったんなら良かった。一応交代で見張りはしよう。今動くのも危険だ。早く寝て、早く起きて、次の村を目指そう」

 四人はノーチェの言うことに従い、交代で見張りながら眠ることにした。


 事態が急変したのは、辺りが闇に包まれた真夜中のことだった。

 見張りをしていたアレクシはクヌートに見張りを代わってもらう前に用を足そうと思い、雪洞の外に出た。念のために、クヌートが彼の家から勝手に持ち出してきた屠殺用の鉈を手に取り、いつ何があってもいいように構えた状態でいた。

「うう、寒い、寒い。大丈夫だ。さっきクヌートが見回った時も、ノーチェが用を足しに行った時も、何も起こらなかったじゃないか」

 アレクシは自分に言い聞かせるようにつぶやきながら、さっさと用を済ませようとした。しかし、その後姿を静かに狙う者の姿があった。





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