美女の正体
現在の時刻、五時四十分。海人はカラオケボックスの前にいた。
携帯で時間を確かめて、一人呟く。
「慧達、まだ来ないよな……」
あの後、二人とは一旦別れた。玲奈が、女には大事な準備があるのと、なかば無理やり慧を引きずっていったのだ。もう少しすれば二人も来るだろう。
それにしてもむしむしと暑い。半袖の襟で汗を拭って、海人は空を見上げた。
夏になって陽が伸びたせいで、夕方になっても空はまだ明るい。
大学は冷房が効いているので涼しいが、外は火で炙られた鉄板のようだ。熱を持ったコンクリートからは熱気が立ち上り陽炎を作っている。
このままここにいたら、合コンが始まる前に干からびるかもしれない。ぼんやりした頭で、干物になった自分を想像していると、トントンと肩を叩かれた。
「あの、もしかして合コン相手の方ですか?」
空から視線を戻すと、三人の女が海人の傍にいた。
「そうだけど、キミ達が今日の相手?」
「はい、そうですぅ。玲奈さんに誘ってもらってぇー」
「……よろしくおねがいしますね?」
三人とも全然タイプの違う子で、その組み合わせに海人は目を瞬かせる。
最初に声をかけてきたのは、背中まである茶髪の美人系。
次が金髪巻き毛で派手なメイクの子。
最後に恥ずかしそうにはにかんだ大人しそうな女の子だ。
「よろしくな。玲奈達もそろそろ来るだろうし、自己紹介は全員揃ってからにしようぜ? じゃないと、俺が「抜け駆けだっ!」って他の男連中に恨まれちまうからさ」
海人は悪戯っぽく笑ってその場を和ませる。この状況だけ見ればハーレムだが、すぐに他の奴等も来るだろう。
そうして少しばかり雑談を交わしていると、時間きっかりに男連中が姿を現す。
「こんちわーっス。オレ等もよろしくしちゃってくださーい!」
「しちゃってください」
「よろしくな!」
「どうも……」
こっちは四人組みだ。
一人は金髪に派手なネックレスをつけた今時風のチャラ男。
その隣は苦笑している穏やかそうな眼鏡君。
さらに隣は純粋そうな茶髪の童顔。
そして最後に整った顔の無愛想な男だ。
「一気に賑やかになったな。後は玲奈達だけか」
その時、バタバタと慌ただしい足音が聞こえた。向こうから二人が走ってくるのが見えて、海人はようやく来たかと口を開く。
「よし、これで全員揃った──」
彼女の姿が目に飛び込んできた。その瞬間、海人は言葉を忘れた。
肩口で切られた緩くウェーブした黒髪と、耳元で輝くクロスのピアス。睫は瞬くたびにばさりと音がしそうなほど長く、ふっくらした唇には紅いグロスが艶やかに輝いている。黒のワンピースから出ている足は、驚くほど細く長い。
玲奈の隣に、まるでモデルのような美女がいた。
「ごめーん! お・ま・た・せ!」
「……すまない。あたし達が最後か?」
美女から聞こえた声に、海人はむせそうになりながら息を吸った。一瞬、驚きで呼吸まで止まっていた。
海人は目の前の彼女を、信じられない気持ちで見つめる。
「おま、慧かっ!?」
「あぁ、そうだが。何か変か……?」
慧が怪訝そうに首を傾げる。自覚のないその仕草は普段と変わらないのに、今は強烈に女を意識させられて心臓が跳ねた。
「どうよ、すっごい美人になったでしょー? 慧って普段は薄化粧しかしないから、もう楽しくいじっちゃったわ。腕によりをかけた力作よー」
「女って、こんなに変わるのかよ……」
海人は口元を押さえて目を泳がせる。そうでもしないと、親友相手に、顔に血が上りそうだった。
「すっごい美人さんじゃん! 今日のオレってめっちゃついてるー。さぁさぁ、店に入りましょうよ、お嬢さん!」
「あ、あぁ……」
チャラ男の強引な押しに、慧が戸惑ったようにこっちを見る。だが、海人はまだその美しい顔を直視できない。顔の熱を逃がすのに精一杯だ。
さりげなく慧から目を逸らしていると、主催者の玲奈が全員に声をかける。
「ひとまず全員中に入りましょう?」
こうして波乱の予感を含んで合コンは開始された。