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まさかの参加者

******


 その日、海人は朝からスキップしそうなほど機嫌がよかった。今日は待ちに待った合コンの日。頭の中はそれ一色で、いつもは面倒な講義も受け流すだけの余裕がある。

 時計を気にしながら、早く時間になれと念力を送り続けていると、講師が時間より早く講義を切り上げてくれた。


「はい、今日はここまで」


「よっしゃ!」


 思わず拳を振り上げると、周りから笑い声が上がった。まずい、と慌てて手を下ろすが、もう後の祭りだった。


 白髪のじいちゃん教授から、呆れた視線をもらう。


「そんなに喜ばれるほど、私の講義は面白くないかね?」


「いえ、そんなことないです! すんません。今日はこの後に用事があってですねっ」


「教授、海人はこの後の合コンで頭一杯なんスよ」


「海人君ってば、今日は朝からずっとそわそわしてましたー」


「馬鹿っ、お前等告げ口すんな!」


 仲間の裏切りに焦っていると、教授が眼鏡の縁を押し上げてにこりと笑った。


「ほう……いやはや、元気なことだね。講義を受けた後に遊びにいけるほどパワーが有り余っていると。それだけの元気があるのなら、レポートの枚数を二枚ほど増やしてもいいかね?」


「ぎゃあああ! まさかの飛び火で自爆したっ!!」


「ちょっ、私達も巻き込まれるの!?」


 裏切り者達が悲鳴を上げる。だが、叫びたいのはこっちの方だ。

 海人は冷や汗が流れる思いで、恐る恐るにこやかな表情の教授を伺う。


「じょ、冗談ですよ、ね?」


「と、言いたいところだが──」


「後生ですから……っ!」


「──冗談だよ。さて、ちょうど良い時間帯だ。それではまた次回」


 授業終了のベルが鳴り響く中、教授は朗らかな笑い声を残して出て行った。


「よ、よかった……リアルにならなくて……」


「ほんとほんと。マジで焦ったわよ。四枚なんて拷問の域よね?」


「教授め、良い性格してやがるぜ」


 後に残されたのは、安堵のあまりに脱力している生徒達だ。その中でも、誰よりおちょくられていた海人は一段とげっそりしている。

 

 しかしそれも一瞬だ。授業が終わった講議室はすぐにざわめきを取り戻し、席を立つ生徒が増えていく。身を起こした海人も教科書をバックに放り込む。後は合コンに一直線だ。


「海人!」


 子供のように心を弾ませていると、誰かに呼ばれた。顔を上げれば、入り口で困り顔の玲奈が手招いている。

 手早くまとめた荷物を指に引っかけて背負うと、海人は怜奈の元に近づいた。


「どうしたよ、なんかあったのか?」


「大変なのよ! 合コンのメンバーが急に一人減っちゃってー。ねぇ、女の子で誰か空いてる子いない?」


 よほど焦っているのか、怜奈が怖い顔でにじり寄ってくる。その勢いに押されるように、海人は二、三歩と後ずさった。しかしそのまま下がり続けるわけにもいかず、彼女の両肩を宥めるように抑え込む。


「落ち着けって。なんだって今さらそんなことになってんの? 合コン、今日の六時だろ?」


「実はさー、メンバーの一人が彼氏出来ちゃったから、参加しないっていきなり言い出したのよー。ほんと、信じらんない! 告白するなら、合コンしてからにしなさいよねーっ!」


 もう二度と誘わない、と恨みがましそうな顔をする玲奈に、海人は苦笑した。約束を反故にされて、メンバー探しを奔走する彼女の立場を思えば、愚痴を言いたくなる気持ちもわからなくはない。主催者としての責任感もあるのだろう。


 話を聞いた海人は、気を取り直して教室を振り返る。講議室に残っている生徒は十人ほど、その中で女子は、五、六人といったところだ。どの顔も同じ講義を受けているため見覚えはあるが、それほど親しくはない。


「まぁ、とりあえず駄目もとで聞いてみるわ。期待はするなよ?」


「お願いねー」


 拝むように頼まれて、海人は講議室の中に戻ると、近くにいるグループから声をかけていく。


「突然なんだけど、この後予定入ってる? 合コンで人数が一人足りなくてさ。誰か空いてる子いないかな?」


「ごめんね。わたし、この後サークルだから」


「うちはバイト」


「これから友達とカラオケなの」


 申し訳なさそうな断り文句が続く。他にも声はかけたが、どの子にも予定が入っていて、結局、収穫のないまま戻ることになった。

 様子を見ていただろう怜奈を前に、海人は顔を顰めて首をゆるく横に振る。


「駄目だな、全滅。今からメンバー探しはきつくないか? だってもうすぐ四時だぜ?」


「だから困ってるんじゃないのー」


 玲奈は心底困り果てた様子で眉尻を下げる。しかし、ふいに何か気付いたようで、肩にかけていた鞄を探り出した。そこから携帯が出てくると、彼女は真面目な顔でそれを見下ろす。


「……もう、これしかないわねー」


「そんな怖い顔して何するつもりだよ? 犯罪だけは止めろよな?」


「しっ! 黙ってて」


 人差し指を口元に立てて海人を黙らせると、誰かへ電話をかけ始める。


「──あっ、慧? ちょっと頼みがあるんだけどー、今すぐ会えないかしら?」


「おいっ、お前何考えて……」


 出てきた名前に、海人は思わず咎めるような声を出していた。玲奈に横目で睨まれたが、無言で睨み返す。しかし止める間もないままに、話はついてしまったようだ。怜奈は現金なもので、さっきまで漂わせていた不機嫌さはなりを潜め、ご機嫌な様子を見せる。


「ありがとー、すぐ行くから待ってて。うん、じゃあねー」


 玲奈が電話を切るのを待って、海人は彼女に険しい目を向ける。


「慧を引っ張り出すつもりか? あいつがいつも断ってるの知ってるだろ?」


「なによ、そんなに怒らなくてもいいじゃないのー。聞くだけよ、聞くだけー。無理やり引っ張り出したりしないわ」


「当たり前だ。友達なら慧が嫌がることはするなよ。人数が足りないなら、オレが外れる。そうすれば問題ないだろ?」


「それは本当に最終手段でしょー? 今回はあんただって新しい恋を探すっていう、目的があるわけだから。とりあえず出来ることはしないとねー?」


 玲奈はお気楽な笑みを浮かべて、携帯に軽くキスしてみせた。


 


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