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アトリエ【流れ星】 後編

「ちょっと見ぃひん内に、またべっぴんになったんやないか? いやぁ、ほんま女の子はええわ。目の保養や」


「えー、慧ちゃんばっかりですか? 光星さん、私はどうですか?」


「うん、君も負けとらんで。にじみ出る色気にメロメロになりそうや」


「やーだ、もうっ、光星さんたらー」


「はいはーい、ここにイケメン野郎が二匹おりますが!」


「オレ達も目の保養にどうっスか?」


 先輩二人組みがボディビルダーのようにポーズを決めて見せると、光星は半眼になった。


「己等はどうでもええわ、ほんま」


「光星先生、マジでヒデェ!」


「まぁ、光星さんだしな」


 二人の反応に慧達は揃って噴き出す。息が合っているようで合っていないのが、よけいに笑いを誘う。


「なにはともあれ、これでいつものメンバーが揃いましたね。光星先生のお帰りを皆心待ちにしてたんですよ? ね、慧ちゃん!」


「そうですね。先生がお元気そうで、本当に良かったです」


「ははっ、そこまで気にかけてもろたんやな。ほんま、ありがとさん。けど、その敬語はあかんで。いつも言うてるやろ? 先生なんて固いこと言わんと、光星でええんやで? 皆もそう呼んどるやないか」


「いえ、先生はあたしが尊敬する人ですから」


 素直にそう答えると、光星は目を丸くする。その面食らった顔を見て、周囲の先輩が笑い出した。


「これは光星さんの負けですね」


「光星さんも諦め悪いよなぁ」


「まったくだぜ」


「なんや皆まで。慧ちゃんと仲ようなりたい言う、オレの素直な気持ちやのに。ほんま、イケズやわ」


 光星が拗ねたように唇を突き出すと、笑い声はますます大きくなる。慧の顔にもつられたように笑みが浮かぶ。胸に温かなものが広がり、改めて恵まれた環境に感謝したくなった。


 慧は微笑みながら、光星に尋ねる。


「それで先生、いい写真は撮れたんですか?」


「そらもうバッチリや。皆にも後で見せたるからな。そうそうそれともう一つ、大事なものを渡さなあかんかったわ」


 一度奥へひっこむと、光星は大きな旅行鞄を持ってきた。それをパソコンとは別のテーブルの上に置いて、チャックを開く。すると中からカラフルな袋が顔を出す。それを光星がひょいひょいとテーブルに広げていく。

 

 瞬く間に白いテーブルが袋の山になり、慧は目を丸くした。


「凄い量ですね」


「わぁ、もしかしてお土産ですか?」


「食い物っスか!?」


「マジで!? オレのもありますかっ?」


「落ち着かんかい、どんだけ飢えとんねん! 今回はベルギーやったからな、本場もんのチョコを中心にどっさり菓子を仕入れたんよ。有り難―く受け取るんやで」


 光星がカラフルな袋を開くと、有名なブランド名がついたチョコがゴロゴロ出てきて、アトリエで一際大きな歓声が上がる。


 さっそく飛びつく先輩達には交わらず、慧は人数分のカップを用意してコーヒーと紅茶を入れにいく。

 彼等にはコーヒーを、自分達は紅茶だ。慧はコーヒーも紅茶も飲めるが、女の先輩はコーヒーが飲めない。だから、バイト先では慧も彼女に合わせて、紅茶を飲むことが多いのだ。


 準備がすんだ頃、光星が暗室から現像したばかりの写真を持ってくる。彼はそれをボードの上に丁寧に並べていく。


 夕焼けに映えるレンガを連ねた町。

 星の下で踊る人々の影。

 うらびれた路地裏に射す朝日。


 そこには幻想的な美しさと、リアルな現代が切り取られていた。

 しんとした室内で、全員が言葉もなく写真を見つめる。


「凄い……」


 思わず呟く声にも熱がこもる。それ以外に言葉が出てこない。食い入るように見つめていると、光星が白い歯を見せて笑った。


「ありがとさん。慧ちゃんのええとこは、その素直さやね」


 光星の嬉しそうな様子に、真剣な顔で写真を見つめていた先輩達も表情を柔らかに崩す。


「オレ等だって素直っスよ? 光星さん格好いいーとか」


「これ以上ないほどな。このチョコレートマジ旨いですーとか」


 チョコレートを齧りながらにんまりした二人に、光星は米神をひくつかせた。


「おんどれ等は……」


「コ、コントみたいね。もう笑わせないでよ。お腹痛いわ」


「って、キミは爆笑かいな!?」


 鋭い突っ込みに、全員が笑い出す。ぴんと張っていた空気が溶け出すと、いつもの賑やかさが戻る。


「そう言えば、慧ちゃんの大学ってそろそろ夏休みじゃない?」


「そうですね。だいたい、八月の半ばくらいから始まります」


「ええなぁ、花の大学生か。目の保養がめっちゃ出来そうや。──慧ちゃんの大学って確か、ここからいっちゃん近いとこやったよな?」


「はい、そうですよ」


「さよか。あの大学の一番の魅力はな、表やなくて、裏門にある小さな並木道や。桜の花が咲く頃は最高の写真が撮れるで」


「そうなんですか? 知らなかったです」


 悪戯っぽく笑う光星に、慧も小さな笑みを返す。貴重な情報だ。忘れないように、心の中でしっかりとメモを取る。


「さぁ、これを食べ終わったら仕事やでー? めっちゃ忙しくなるから、覚悟しときや」


 待っている大量の写真を思いながら、慧もチョコレートに手を伸ばした。



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