未来への一歩 前編
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駅からバスを乗り継ぎ、海人と慧はある場所に来ていた。
「悪いな、海人。付き合わせて」
「いいさ、オレも挨拶に来たかったしな」
二人は脇道から小さな石段を上がっていく。海人の手にはコンビニの袋が、慧の手には花束が下げられていた。
石段を一番上まで登りきると、昼の木漏れ日に照らされて佇む墓石達が出迎える。
先を歩く慧がゆっくりと首を巡らす。そして、一つの墓石の前で足を止めた。その顔に、穏やかな笑みが浮かぶ。
「ようやく来れたよ、晃史」
墓石へ優しく語りかける彼女を見ながら、海人はここへ至るまでの怒涛の数日を思い返す。
あの後、二人は慧の実家へ向かうと、戻る挨拶だけして、すぐに電車に飛び乗った。
電車に揺られている間、二人は会わなかった三日間の話をした。彼女が家族に口止めしていたせいで、光星の元へ連絡がいかなかったこともその時にわかった。
きちんと謝りたい。そう言う慧に従い、海人達はまず、光星に会いに行くことにした。
海人が慧の元へ行く前に一度連絡はしていたものの、やはり心配していたらしく、出向かえた光星は慧を強く抱きしめた。
『このまま帰って来ぇへんかったら、どないしよう思ってたわ! ほんまに、無事でよかった。もう、こんな風に行方眩ませるんは、勘弁やで。この三日間、心配でなんも手につかへんかったんやからな』
その言葉通りに、辺りには整理しなければいけない写真が乱雑に放置されていた。慧が心配過ぎて、本当に手がつかなかったのだろう。
光星から身を離した慧が、潔く頭を下げる。
『ご心配をおかけして、申し訳ありませんでした。二度とこんなことがないようにします』
噛みしめるように反省する慧に、光星が苦笑して首を振る。
『違うで、慧ちゃん。心配かけるんが悪いんやない。ほんまに悪いんは、キミが誰にも頼らずに、一人で苦しんだことや。言うたやろ? もっと周りを頼ってみぃって。近くにいながら、まったく頼られへんのは周りの方が寂しいわ。なぁ、海人君もそう思うやろ?』
『そうですね……』
その気持ちは海人にもよくわかる。
近くにいながら、見ていることしか出来ないのは、苦しいことだった。
しかしそれを知ったからこそ、見つけた気持ちがある。
『けど、今回のことがあったから、オレは自分の心を知って、慧も気づいたんです。だからきっと、今回の件はオレ達に必要なことだったんですよ』
それがなければ、きっと慧と海人は遠くて近い親友のままだった。沈黙する感情に表面上は平和を保たれるかもしれない。
しかしそれは、いつか脆く崩れるものでしかなかったはずだ。
『なるほど、結果よければ全てよし、やな!』
そう言って、朗らかに笑った光星は、今は日本にいない。
実は本当は一日前にはエジプトに出発する予定だったらしく。慧が戻ったのを見届けると慌ただしく旅立って行ったのだ。
『海外行きの話な、あれ嘘やから。君にもええはっぱやったやろ? 慧ちゃんをちゃんと捕まえとくんやで?』
彼女がいない所で海人にそっと耳打ちして。
翌日には大学で待ち構えていた怜奈に捕まり、事情の説明を迫られた。
勝手に教えるわけにはいかないだろうと、慧を呼び出し二人でこれまでのことを話すと、なんと、泣かれてしまったのだ。
『どうして、もっと早く話してくれなかったのよーっ! アタシだってあんた達の友達じゃない。せめて、心配くらいさせなさいよねー』
海人と慧は慌てて謝った。傷つけるつもりはなく、ただ伝えるだけの余裕がなかったのだと説明するも、怜奈は化粧が崩れるのも構わずにボロボロ涙を零した。
玲奈にしてみれば、友達だと思っていたのに、二人から相談もされなかったのだ。それが悔しかったのだろう。




