心を映すもの
怜奈と別れた海人は、次の講義までの暇つぶしに構内をふらつくことにした。
広いホールには大きなオブジェが所々に置かれ、人の行き来も多い。在校生の作品を見るともなしに眺めていた海人は、一際大きな写真の傍で足を止めた。その周囲には人が足を止めている。彼等の視線を奪っているものこそ、金賞の作品【猫の爪】と題された、親友の写真であった。
「……これか。相変わらず、すげぇな」
それは目を引きつけられる作品だった。限界まで欠けた月が照らす夜の港。今にも波音が聞こえてきそうな静寂に、海人は慧の一風変わった感性をそこから感じた。
慧は風景写真で何度も賞を取っている。それが時折、新聞を飾っていることも海人はよく知っていた。写真を愛する彼女はけれど賞を取ることに関してはさほど関心がないようで、自分の力をひけらかすことや自慢することはなかった。逆に目立つことを好まない性格なために、騒がれる度に煩わしさを感じているようではあった。
写真のように感性を刺激する作品は、経済科にいる海人には芸術は専門外なので、正直に言うと難しいことはよくわからない。ただ単純に慧の撮る写真は好きなだけだ。
技術をどうこうと説明されても理解は出来ないだろが、ただ感覚的に惹かれる。それだけのことだが、それを以前なにかの折に伝えると、彼女は珍しくはにかみながら「その言葉はどんな賞を取るよりも嬉しい」と言っていた。きっとあれは、彼女の本音だろう。
親友の微かな微笑みを思い出して、海人もその気持ちに感化させられたように上機嫌な笑みを浮かべる。普段クールな様子しか見せないだけに、その姿は珍しく、そして意外な可愛らしさを感じた。
二人の付き合いは異性というより同性同士の付き合いに近いものがあり、女性として見たことがなかったのでそのせいもあるのだろう。外見からしても中性的に見えるだけに、彼女を可愛らしいと思ったのはその時が初めてだった。
慧の写真には切り取られた一瞬の中に彼女の心が隠れている気がする。あまり自分のことを話さない慧の内面が伝わってくるようで、海人はいつも惹かれる。彼女の写真をたまたま見れる機会があると、不思議といつまでもその写真を眺めてしまうのだ。
そしてそんな写真を撮れる彼女が自分の親友であることを、ただ純粋に誇らしく思う。
「不思議な写真ね」
「そうね。あれって何度も賞を取ってる子のやつなんでしょ?」
「そうそう。有名よね。でも話しかけても素っ気ない態度を取られるんだって」
「そうなの? プライド高い嫌味な女って感じ?」
「そうじゃなくて、こう、人に慣れていない猫みたいだって言ってた」
聞こえて来た話に思わず吹き出しそうになる。なるほど上手い表現の仕方だと思ったのだ。それに親友が悪く言われていないことにも安心する。人を遠ざけていることが多い彼女だが、それは不器用に人との距離を測っているに過ぎない。まさに人馴れしていない猫だ。
頭の中で慧に猫耳としっぽを装着させてみると、更に笑いがこみ上げて来た。こんなことが伝わった日には冷えた眼差しを向けられそうだが、想像の中の彼女にはとても似合っていた。
のんびりしていると予鈴が鳴った。講義室までだいぶ距離がある。
「やばいっ。遅刻だけはマジ勘弁!」
海人は慌てて駆け出した。