優しい日常 後編
「もちろんおふざけに過ぎないが、このノリのよさが、良い関係が続いている理由の一つかもしれない。
身体を折って笑っていた怜奈は、目元に滲んだ涙を手の甲で拭う。
「あー、おかし!」
「座ったらどうよ? 十分笑いは堪能しただろ?」
「ありがとー」
海人の勧めに従って、怜奈が左隣に腰を下ろすと、丸いテーブルを三人で囲むことになった。
玲奈とも一年の頃からの付き合いなので、気心の知れた友達だ。三人共専攻は違うが、不思議と気が合うので、約束もしてないのに、気付くとこうして集まっていることが多いのだ。
「ほんと、あんた達っていつも笑わせてくれるわよねー」
「楽しんでもらえてなにより。ここに来たってことは、お前、今から昼なの?」
「そうよ。次必須じゃないから、時間空いてるの。それよりも、聞いたわよ、海人。また振られたそうじゃない? ほーんと長続きしない男ねー」
「早耳だな。いや、さすがって言うべき? 通称が友達百人の女だもんな?」
玲奈は交友関係がかなり広い。そのため、かなりの情報通だ。いつも誰よりも早く噂を耳にしているので、海人は驚かなかった。
「失礼ねー。それアタシが言ったんじゃないわよ。電話番号が、そのくらい登録されてるってだけじゃないの」
「十分凄いと思うが? あたしは両手で余る数しかないからな」
「いや、お前のは少なすぎだろ?」
慧は変に感心しているようだが、その中の何人が本当の友達と呼べるのだろうか。おそらくは半分以下。それ以外は顔見知り程度だろう。
「それはともかくさ、オレが別れた話、どこまで広がってる?」
海人は逸れた話を元に戻した。
「女の噂は回るのが早いわよー? 明日には周知の事実でしょ。女タラシの海人君が、また別れたってね。それにしても、今回もまた短かったわねー」
ズケズケと言われて、海人はこれ見よがしに項垂れてみせる。
「お前まで傷口抉らないで。オレ、以外と繊細なのよ?」
「あたしが散々抉ったからな」
「マジウケるー。それじゃ、あんまり苛めちゃ可哀想だし、いいこと教えたげる。明後日に、アタシ主催の合コンがあるんだけど……」
「行くっ!」
勢いよく起き上がった海人に、怜奈が可笑しそうに笑う。
「わぉ、即答? それじゃ、慧はどうする? 今回も止めとく?」
「あたしはいいよ。そういうのは間に合ってるからな」
クールに受け答えする慧は、こういう催しには一切出ない。かと言って誰かと付き合っている様子もないのだ。
前から不思議に思っていた海人は、この機会に思い切って聞いてみる。
「あのさ、お前って付き合ってる奴いるの?」
「突然なんだ?」
「いや、だってさ、合コン出たことないだろ? それとも好きな奴でもいるのか?」
「あー、それ聞きたい! アタシもさ、前から疑問だったんだよねー。慧って美人なのに、全然男の気配がないんだもん」
「──秘密だ」
「えー、なんだよー。いいじゃん、教えてくれても」
「ねー? せっかくの機会だしさ、慧の恋バナだって聞いてみたいよー」
「いつかな。あたしはそろそろ行く。この後、写真科の講義が続けてあるからな」
「そう言えば、この間、またなんかの賞取ったんだろ? 廊下に飾ってあるって、聞いたけど」
「はぁー、相変わらず凄いわねぇー。さっすが、プロからお声がかかるだけあるわ。将来有望視されてるし、慧のサイン貰っておこうかしらー」
「茶化すな。賞を受けたのは有難く思ってるが、廊下に飾られるのが、どうもな。決められたこととは言え、遠慮したいのが本音だ」
コップを持って立ち上がろうとする慧を、海人は手で遮った。
「オレが一緒に片付けとくから、そのままでいいよ」
「そうか? じゃあ、頼む。──またな、二人共」
バックを肩にかけ、カフェテリアを出て行く慧を、海人と怜奈は揃って見送る。細い背中が消えると二人は顔を見合わせた。
「なーんか、上手く逃げられちゃった感じ? 慧の恋バナって、本当に聞いたことないよねー?」
「そうだな。きっとさ、照れがあって言えないんだって。あいつの性格上、そう言うのって口にしそうにないじゃん。別に無理強いすることでもないし、いいんじゃないの?」
「まぁね。でもこれを機に、慧の謎めいた部分がちらっと見えるかなって、思っちゃったんだよねー。残念」
「おいおい、面白半分に聞いてやるなよ?」
「まぁー、失礼しちゃうわ。アタシだって、そのくらいの常識はあるわよ」
「そりゃあ、よかった」
海人は大仰な仕草で肩をすくめた。