表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/44

自覚した恋心


 ******


 二限目が始まる前に講義室に戻った海人は、荷物をまとめていく。今日はもう大学にいたくない。慧に会いたくなかった。

 帰り支度を始めた海人に、近くに座っていた友人が声をかけてきた。


「なんだよ海人、もう帰るのか?」


「ちょっと用事が出来たんだ。悪いけど、代返頼んでいい?」


「いいぜ。その代わり、今度驕れよ?」


「サンキュ、マジ助かる」


 気のいい友人にぎこちなく笑みを返すと、海人は講義室を後にした。

 廊下は移動する人で溢れていた。その間を縫うように歩きながら、これからどこへ行こうか考える。まだ家には帰りたくない。かといって、遊びに行くような気分でもなかった。

 入り口から外へ出ると、雨はもう止んでいた。しかし重苦しそうな空模様を見る限り、また降らないとも限らない。

 

 海人は灰色の空よりも重いため息を吐きながら、校門を抜ける。

 ふいに、携帯が着信を知らせて鳴った。

 画面に視線を落とすと、海人の足は意識せずに止まる。携帯には慧の名前が表示されていて、胸が苦しくなった。

 海人は痛みを堪えるように目を細めると、携帯をぎゅっと握り締める。

 

──一、二、三……。


 心の中でゆっくりと数を数えていく。

 十五秒数えたところで、諦めたのか、鳴り響いていた着信音が途切れた。

 ほっとした気持ちと、後ろめたい思いが混ざり、なんとも言えない情けない気分になる。 


「あーもう。馬鹿か、オレは……」


 海人は頭を搔き毟ると、項垂れてその場にしゃがみこむ。彼女を避けたのは、これが初めてだった。

 冷静になればなるほど、自分の馬鹿さ加減に、自嘲しか出てこない。

 どっぷりと落ち込んで、海人はゆるゆると首を上げた。その動きが、正面を向いたところでぴたりと制止する。


「あ、れは──」


 道路を挟んだ向こう側の道に、あの男がいる。

 気付けば、知らずに足が動き、道路を走って横断し、男の背中を追いかけていた。

 緩い歩調で歩く男の背中を慎重に追いかけながら、反射的に追って来たものの、なんと声をかけたものかと考える。


 男の体格は大きく、海人と比べると小枝と大木ほどの差があった。下手なことをしようものなら、殴られるかもしれない。

 慧の友人なのだから、そんなことはしないと思いたいが、迫力があり過ぎて近寄りがたい。

 そんなことを悶々と悩みながらも、海人は見つからないように距離をとりながら、男の後をつける。


 その時、男が路地の方へと曲がった。

 海人は慌ててその背を追いかける。だが、すぐに続いたはずなのに、その先に男の姿はない。まるで魔法のように消えてしまった。


「嘘だろ、見失ったのかよ……?」


「ここだ」


 その声に後ろを振り向くと、男が腕を組んで壁に寄りかかっていた。

 冷ややかな視線が、海人を射る。


「で? なんの用だ、兄ちゃん?」


「いや、その……」


 その威圧感に、海人はごくりと息を呑む。半殺しの目に合うかもしれない。

 海人は覚悟を決めて乾いた唇を湿らせて、口を開いた。


「用は──ない」


 予想外の一言だったのだろう。男はずるりと壁を滑りかけ、呆れた顔を海人に向けてきた。


「あぁ? オレをストーカーよろしく追いかけといて、用がないだぁ? じゃあ、なんだってテメェはオレをつけてやがったんだよ?」


「いや、その、悪い。オレは慧の知り合いなんだ。昨日の夜、あんたとあいつが会ってるのを見ちまって……それで気になって、反射的に追っかけただけなんだよ」


 そもそも追っては来たものの、どうするのかはまるで考えていなかったと伝えると、男は威圧感をすっかり消して苦笑した。


「なんだそりゃあ。オレはてっきり喧嘩吹っかけられんのかと思って、めちゃくちゃ警戒しちまったじゃねぇかよ」


「本当に悪い。あんたに言うのもなんだけど、オレと慧、今気まずい関係なんだ。あんたはあいつの隠し事を知ってるんだろ? オレがあんたを無意識に追ったのも、その隠し事を知りたかったせいだと思う」


 男はおもむろにズボンのポケットから煙草を取り出すと、手馴れた仕草で火をつけた。


「ふーん。慧は兄ちゃんに言ってないんだな? なら、ここでオレに聞けばいいじゃねぇの? 自覚してようが、してなかろうが、もともとそれが目的だったんだろ?」


「……聞くなら直接あいつの口から聞くよ。あいつが話したくないことを、ここであんたに聞くのはフェアじゃないだろ?」


 正直、迷わなかったと言えば嘘になる。だが、それをしたら、慧は今以上に傷つき、自分から離れていくだろう。

 それは、想像しただけで海人の胸を締め付けた。


 黙って聞いていた男は、一度大きく煙草を吸い込み、携帯用の灰皿へ押し付ける。

 そして、面白そうに海人を見た。


「あんた、慧とはどの程度の付き合いなんだ? 顔見知り程度なのか、それともダチと呼べるほど深いものなのか?」


「オレは……あいつを親友だと思ってるよ」


 たとえ、慧にそのつもりがなかったとしても。

 迷いながらも真っ直ぐに答えた海人に、男がにやりと笑う。


「正直だな。──その正直さに免じて、一つだけ教えてやるよ。あいつはどうしようもなく頑固で、馬鹿みたいに一途な女だ。だから、慧を手に入れたいなら、辛抱強く粘ることだな」


「なんか勘違いしてないか? オレは別に慧が好きなわけじゃ……」


「へぇ? オレなら、親友のダチへ、嫉妬混じりの視線なんか向けないぜ?」


 言われた一言に、海人ははっとさせられた。そして、ようやく気付く。自分の中に存在していた気持ちが、なんであるのかを。

 動揺を露にする海人から目を逸らし、男は一瞬だけ遠くに視線を投げる。


「あんたが本気であいつを想うなら、もしかしたら慧も──まぁ、せいぜい、頑張んな」


 男は言いたいことだけ口にして、表通りへ戻っていった。

 その揺るがない背中を見送って海人は、胸を押さえる。あんなに胸が痛んだ理由を、見つけてしまった。

 それは、けして気付いてはいけない恋心。

 海人は奥歯を噛みしめると、吐き捨てた。


「どうすりゃあいいんだよ……っ」


 自覚した想いは、苦く切ないものだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ