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優しい日常 中編

 しかし最初から上手くいったわけではない。基本的に海人は異性に嫌われたことがなかったのだが、慧には何故か警戒されて素気ない反応を返された。

 まるで不審者でも見るような目つきをされた時には堪えるものがあったが、海人はけして諦めなかった。その後も、見かける度に何度も声をかけ続けたのだ。


 だが、どれだけこちだが歩み寄ろうとしても、慧は冷たい態度を崩すことがなかった。男友達からは諦めろと言われたこともある。それでも慧に対する興味は尽きなかった。

 だから少しでも受け入れてもらえるように、まずは挨拶を交わすところから始めた。声を返してくれるようになったら、今度は昼に誘った。


 それに五回に一回の割合で応じてくれるようになったら、次には遊びに誘うようになった。そこまできて、ようやく慧が笑ってくれたのだ。


『懲りないな、あんたも。あたしなんか誘って、なにが面白いんだか』


 どちらかと言えば苦笑よりの笑みだったが、それでも笑い顔に違いはない。その時、ようやく慧の前に立つことを許された気がした。あんまりにも嬉しかったものだから、海人は公衆の面前で思わず慧を抱きしめてしまった。その後、頭をはたかれたのはご愛敬だろう。


 そうやって一年近くかけて関係を築いていったのだ。

 今ではなんでも相談できる一番の親友だ。海人はあの時、自分の直感を信じてよかったと思っている。


「なんかすげぇ感慨深いわ。最初はあんだけ素っ気なかったのに、お前がオレのことを心配してくれるなんてな」


 感動で目が潤んできそうだ。本心から出た言葉だったが、茶化されたと思ったのか、慧は眉を顰める。


「馬鹿なことを。まともに話す気がないなら、あたしから言うことはもうないよ」


「悪かったよ。ちょっと昔のことを思い出してたんだって。──オレとしてはね、今までもちゃんと考えていたつもりなんだけど」


「まったく、それが本当にできてたら、この結果にはならないだろ?」


「けど付き合っていく内に、相手を好きになることだってあるだろ? 大学入る前に二年付き合ってた子もいるんだぜ?」


「結局別れてるなら自慢になるか。──あんたの「好き」は軽すぎるんだ。今だって、口で言うほど落ち込んでないだろ?」


「まぁな。そういう慧はどうなんだよ? その人差し指の指輪、昔からつけてるよな? 男物にも見えるけど、元カレからのプレゼントだったりするの?」


 目を伏せた慧が、顔色も変えずに指輪を一撫でした。そのポーカーフェイスからはなにも読み取れない。


「どうだろうな? ──恋を素晴らしいものだと言う人がいたが、素晴らしいだけが恋じゃない。どんな恋愛をするのもあんたの自由だ。ただ、あたしはあんたには幸せであってほしいと思ってるよ」


 その言葉には深みと優しさがあり、海人の胸にふわりと落ちてきた。

 他の相手なら笑ってお終いにするようなことでも、つい真面目に話を聞いてしまうのは、相手が慧だからだろう。いつだって真摯に向き合ってくれる彼女だからこそ、真っ直ぐな言葉が海人の胸にも響くのだ。


「もっと自分の気持ちも、相手の気持ちも、大事にしてやれ。あんたが真剣に誰かを想えば、相手だって真摯な想いを返してくれるはずだ」


「あぁ、サンキュ。……今度はもっと真剣に付き合ってみるよ」


 散々愚痴ったのに嫌な顔一つしないで、励ましまでくれた慧に、海人はくしゃりと笑った。

 終ったことをぐじぐじ言っても仕方がない。気持ちを切り替えていると、後ろからがばりと腕を回される。突然のことに海人は驚いて派手にむせ込む。


「あらー、大丈夫? ちょっとした悪戯のつもりだったんだけど」


 横から大きな目が覗きこんできて、海人は自由になった首元を摩りながら答える。


「随分な挨拶だな、怜奈」


「見飽きた背中を見つけたものだから、ついつい」


 悪びれもせずに笑うのは、二人の共通の友人である立川怜奈たちかわれなだ。

 目元がぱっちりした派手な化粧に、男の目を引きつけてやまない美脚を剥き出しにしたミニスカートを履いておいるが、本人は意外と一途な性格だ。しかし男運が悪いのか、振られたと二人に泣き付いてくることも多い。そのやけ酒に付き合うこともままある。


「今日も一緒にいるなんて、相変わらず仲がいいのねー」


「まーね、なんせオレ達、親友ですから」


「…………」


「えっ、ちょっと慧さん? なんでそんな無言なの。オレ達親友でしょ?」


「そうだったか?」


「海人の片想いだって!」


 海人が上げた哀れな悲鳴に、慧が顎に指を添えて怪訝そうに首を傾げる。そのつれない態度に怜奈は腹まで抱えて爆笑した。



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