優しい日常 前編
初夏の空は蒼く清み渡り、地上には強い日差しと蝉の鳴き声が降り注いでいる。
大学生が賑わうカフェテリアは昼時の賑わいを見せていた。冷房が効いた店の中は満員御礼。溢れた学生は、屋外のパラソルに駆け込むことになる。そこにも漏れた者は、買い物だけ済ませて、移動する他ない。
幸いにもパラソルの一つを取れた男は、氷をかみ砕いて気だるげなため息をついた。
「……なぁ、慧。本気の恋ってなんだと思う?」
男、市岡海人は、ハンバーガーの包みをくしゃりと握りつぶすと、面白くもなさそうにテーブルの端に転がした。
「また振られたのか、海人?」
断定口調でそう言ったのは、正面に座る背の高い女だった。
彼女は海人の親友で、名前を桜井慧という。肩程で切られた艶のある黒髪と、筆で描いたように切れ長な目の中性的な和風美人だ。アイスコーヒーを持つ仕草にもどことなく品があり、雨に濡れた青葉のような雰囲気がある。
対して海人は明るい茶色に脱色した髪と、甘く優しい顔立ちをしている。男らしさとは無縁だが、これでもそれなりにモテはするので問題はない。ただ、男女問わずに気やすく話すせいか、軽く見られることが多いことが欠点か。
慧の冷静な切り返しに、海人は丸いテーブルに懐く。優しさがほしいのに、なんて酷い親友だろうか。
「なんでいつもオレが振られるの? オレのなにが悪かったわけ?」
「タラシだからだろ?」
「はっきり言うね。けどこっちはタラシた覚えなんかないんだぜ。ったく、意味がわからん。なんだって女は、やれ『貴方の気持ちが見えない』だの、『私が想うほど想ってくれてない』だのを言うんだ? あげくに今回は『本気の恋を知らないんだね』ってなんだよ」
オレは本気で好きだったのにと、海人はやさぐれる。そう、恋人が出来てもいつも理不尽な振られ方をするのだ。
まだ七月だというのに、昨日までに三人と付き合って別れたことになる。一番最短は二週間。一番長くても、三ヶ月しか関係が続いていない。
「そりゃあ、女の子には基本的に優しくするさ。そうやって育てられたし、男なら当然だろ? オレは一度も浮気なんかしたことないし、彼女だって大事にしてきたつもりなんだぜ?」
「あんたはフェミニストを気取って、他の女にも優しすぎる」
「彼女には特別優しくしてるつもりなのに……」
項垂れる海人に、慧の反応は相変わらず冷静だった。ストローからアイスコーヒーを一口飲んで、物憂げに頬杖をつく。
「まぁ、そうだな。あんたは軽く見えて存外真面目だし、彼女のこともあんたなりに大事にしてたんだろう。だけど、それも彼女に伝わってなければ意味はない」
「ちょっと、慧さん! お前は可哀想な親友を慰める気はないの? 落ち込んでるのに傷口抉るとか、どんだけ鬼畜なんだよ……」
「親友だから言ってるのさ。海人、あんたは良い奴だ。けど、あたしの目にはあんたが本気で恋愛してるようには見えない。彼女になってくれるなら、誰でもいいと思ってないか?」
親友に図星を指されて、海人はふざけるのを止めて苦笑した。慧の言うとおりだった。海人は今まで誰かを自分から好きになったことがない。いつも告白をされて、その時彼女がいなければ付き合うというパターンだったのだ。
流されるように付き合いを重ねてきたのは事実だが、毎回のように理解出来ない理由を盾に振られている立場からしたら、そうは言っても遣る瀬ないものがある。
海人は身を起こすと、真面目な顔でどっぷりと深いため息をついた。
「否定はできないかもな……」
「だろうな。あんたがその付き合い方でいいと割り切っているなら、それならそれでかまわない。女の敵だとは思うが、あたしの友達であることに変わりはないからな。けど違うなら、もう少し考えて付き合ってみたらどうだ?」
涼やかな目が諭すように瞬く。慧のこの落ち着いた空気が、海人はとても好きだった。
二人が出会ったのは、三年前の大学の入学式だ。誰もが始めての大学に浮き足立っている中で、斜め前に座る彼女だけが凛と前を向いていたのが、海人の目を引いた。
その空気に触れただけで、こちらの背筋まで伸びるような女。それが慧の第一印象だった。式が終わると、海人は真っ先に彼女に声をかけた。
慧のことが知りたいと、友達になってみたいと思ったのだ。