第3章 王宮茶会※ その3
「まあ、それは冗談として、実家にはあまり迷惑をかけたくないなぁ、というのが6割方です」
5分くらいのお通夜な雰囲気を破ったのは、最初に地雷を投げ入れたハインリヒだった。今までの枯れた表情から一転、少年のような表情をした。
「ならば、俺かアウグストの護衛騎士になるか?」
彼の表情の変化を見て、2人は呆気にとられたものの、すぐに切り替え、そう提案した。かなりいい案ではあったものの、
「それは難しいですね」
彼は、横に流れた髪を掻き上げ、
「なぜなら、おそらく明日には横領事件の犯人が『僕』であると知れ渡っていますので、『王族に匿ってもらって事実を隠蔽しようとしている~』なんて、言われちゃいそうですしね。まあ、こんな会話している時点で、不敬罪とか引っかかりそうな気がするけど、うーん、出来れば、隠密とかの仕事ってないですか?」
拒否し、その代替案を示した。フランツとアウグストは再び目を合わせた後、互いに頷きあった。
「構わないだろう」
その後、3人は夜遅くまで、今後の対策を話し合い、帰宅(帰城)した。ちなみに、翌日、登城したアウグストの頬が腫れていたのは言うまでもなかった。
「何なんですか、その頬」
アウグストが翌朝、登城して進んで共犯者となった国王の執務室に行くと、すでにハインリヒがいた。彼は、昨日と違いきちんと長髪を束ね、すでに《影月》の服に着替えていた。
「妻にやられた」
若干ムッとしながらも、自分のデスクに積まれた書類に目を通しながら、答えた。
「マルゴ姫は勘違いしたのか?」
すでにフランツも執務を始めており、国王自身の決済分についてはほぼ片がついていた。
「ええ、そうですよ」
国王のニヤつき顔に八つ当たりしたくてもしない(もしくはできない)のが、臣下であった。
「で、その馬鹿は『この国を混乱させた妃の一族』なのかえ?」
事情を説明した後の王太后の第一声がこれである。ちなみに、今部屋にいる面子は、フランツ、アウグスト、ハインリヒ、ルイーゼ王太后、赤みがかった銀色をしているアンリエッタ王妃、グスタフ王太子であった。
「あの、母上。一応、重臣じゃないものが一名いるんですけれど。本音と建前が逆になっていませんか」
さすがに、重臣会議に出られないハインリヒを慮ってフランツは恐る恐る聞いたが、
「ここに呼んでおる時点で、其方らが認めておるという事であろう」
王太后は、相変わらずにんまりとした笑みを浮かべた。
「まあ、そうですが…話を戻しましょう、とりあえず、ハインリヒ、何者かとクレシュレン侯爵家が王族を狙っているという事ですね。で、その手始めに邪魔な反対派を粛正しようと君を陥れる計画を立て、実行」
「ええ、その通りです。私が運良く助かったのは、フランツ陛下とアウグスト殿下があの戦の時の出来事を覚えていてくださったからにすぎません」
ハインリヒはあくまでも賭けに出ただけであり、そこで2人が気づけば、自分の命を拾い、王家により忠誠を誓う契機となり、2人が気づかなくてもある程度の修正可能なシナリオは用意してあった。
「そうか。茶会は一週間後。我々に仕掛けてくるにはちょうど良い潮時かもしれぬな。おそらくは、妾かフランツか、まだ8歳のグスタフを狙うには理由がなさすぎるし、アンリエッタを狙うにも馬鹿としか言いようがないしな」
王太后はぼそりと呟き、約1名は非常に不満な顔をしたが、残りは『ああ、確かに』と思った。公爵の王妃大好きっぷり重臣の中では知られていた。最初に気を取り直したフランツは、
「まあ、よい。我々は、直前に指定した女官以外の飲み物には口をつけないことにする。おそらく、これが毒殺による可能性をつぶすことになると思われる。またほかの方法――剣等による近距離の暗殺はそれぞれ専属の護衛と武芸を身に着けている女官に任せるしかないな。あと、遠距離の暗殺方法についてはハインリヒ、お前以外の《影月》に任せる。ハインリヒ、お前は種明かしをするために遠くに離れるな」
と、予想される暗殺方法に対する対処方法を言い、王族は頷きあい、ハインリヒは
「御意」
と最敬礼を返した。
そうして一週間後、運命の128年、社交シーズン幕開けを告げる初夏の王宮茶会が開かれる日となった。
王太后ルイーゼ、強し