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第3章 王宮茶会※ その2

「待て、アウグスト」

 混沌とした会議の終了後、国王――フランツ・ハイレンドンは自身の従兄を呼び止めた。


「で、それが、君が言っていた陸軍集団(・・)横領の元締めだと?」

「ああ」

 フランツとアウグストは、身分や年齢などがちょうど釣り合いの取れるため、幼いころから兄弟のように育ってきた。

「陸軍将補佐――ハインリヒ・ベーリヒか」

「ああ」

 今、2人が見ているのは、兵務庁で発覚した集団横領事件に関する王直属の密偵集団《影月》による報告書だった。

「よりによって、あいつが、とは思いたくないな」

「ああ。あまりにも出来過ぎているようにしか思えないな」

 フランツとアウグスト、その2人とも従軍経験がある。もちろん、当時王太子だったフランツは指揮官、次期宰相候補だったアウグストも事務処理などの裏方が多かったため、実際に戦闘をしたことはない。しかし、その時の一大隊長であった人物――ハインリヒ・ベーリヒが、当時の陸軍将補佐と布陣について対立したため、王太子の御前で公開討論を行ったときにハインリヒに目を付けたのだった。彼は非常に優秀であり、逆に上司であるその陸軍将補佐が無能なのかが明るみになった。本来ならば攻略法を採用されない――すなわち、無能と烙印を押されたその陸軍将補佐(上司)は、即座に退官すべきなのだが、当時宮廷を牛耳っていた王の母親(この場合、フランツとアウグストの祖母)の一族の者であったため、減給処分程度に留め置かれてしまい、先代の陸軍将が退官すると同時に、彼が陸軍将となったのだ。

「おそらくはあの時の逆恨みか」

「ああ、だろうな」

 2人ともその事件について鮮明に覚えていた。自分らと同じ程度の青年が、王族さえも相手にできない一族に喧嘩を吹っ掛ける(とバトる)のを見て、この青年がいずれ、自分が命を捨ててでも、絶対に誰かを守り切るのではないかいう事を強く感じた。その後、彼に接触する機会はなかったものの、陸軍の中でもかなり手練れの者だと聞いたし、必ずや、あの(・・)ボンクラの寝首を掻くのではないかと思っていた、が――

「なんで、奴は黙ったままなのか」

「守りたいものがある、のか?」

「いや、独身だと聞いたぞ」

「貴族じゃありませんでしたっけ」

「うむ、トレン男爵の次男だな」

「なるほど、軍人だといつ命を落としてくるかわからないし、次男だと家も継げないから、肉食系女子には駄目か」

「ああ」

 この国の2トップ、なかなかの言い草である。

「で、まさかと思いますが」

 アウグストは、手元の書類の下部に目を走らせる。

「うむ、今晩予定はあるか」

「…構いませんよ」

 盛大に、うちの奥さん怒らせないでくれよ…と嘆く宰相であった。



「ここいいかな」

 そう言って、カウンター席の隣に座った2人組の人物を見て、陸軍将補佐――ハインリヒ・ベーリヒは腰を抜かすところだった。


 時は夜。場所は、王宮から然程離れていないところにある酒場『紅蓮の舞』。

「…」

 ハインリヒは、自他ともに認める枯れた男だ。男爵家の次男であり、後継ぎなる可能性もゼロ。まして、軍務庁に身を置いていたらあれよこれよと女性の影を見ることなく、トップ2までのし上がっていた。顔はよかったものの、無造作に整えられていない長ったらしい髪が女性を遠ざけていたのではないのかと思われた。

国王自らこんな下町の酒場に来るとは思えなかったし、宰相も来ているという話を聞いたことはない――というか、自身が常連客なので、見かけていたら絶対に気づくはずだ。しかも、確実にここで『陛下』や『殿下』は禁句な奴だ、と直感で感じた。

「とりあえず、ハインリヒ・ベーリヒ。君に聞きたいことがあってな」

 注文して、席に持ってこられた果実酒を一口飲んだ後、右側の男――フランツは口を開いた。

「集団横領事件の話ですか」

 ハインリヒは大体何について聞きたいのか予想はできた。

「何故、君はやっていないと主張しないのかね?そして、君にあれほどの実力があるのならば、本当の不正を糺すことは容易いのでは?」

 と。ハインリヒは、一拍置いた後、

「もちろん、フランツ様がおっしゃられたように、僕にはあの人に対抗できる手段は持っています。しかし、あえてそれを使わない――いえ、使えない2つの事情があります」

 ここで区切り、国の2トップの眼をしっかりと見た。今このようにしゃべっていることさえ、王族である2人に対して不敬罪が適用されるかもしれない。況してや、ここから先の内容は、国の根本を揺るがすことになりかねない。自分自身は罰を受けても問題ない、だが、領地にいる家族には迷惑をかけたくない、そういう思いがあった。

「構わん、言ってみろ」

 2人は素早く目配せした後、今度はアウグストの方が促した。

「では、失礼を承知で」

 とハインリヒは言い、手元にあったグラスの中の酒を飲みほした後、

「1つ目は、確証がなかったためです。あの男(・・・)が不正を働いているのはすぐに分かったのですが、はっきり言いますと『他国と通じている』か、『反社会的勢力(その道のプロ)を雇っている』か、のどちらかをしています。そうしなければ、『自分がやったという・・・・・・・・・』証拠がうまくそろえられませんからね」

 と言った。

「そして2つ目です。あの男がやったのは確定として、奴がそうしなければならなかった理由――別の誰かと手を組んで、王族の誰かを狙っていると思うのですよね。だから、僕が狙われたところで、さえない男の死体が一丁出来上がるだけで、何の収穫もなし、単に不審死か奥さんもらえないことに悲観して自殺――っていう結末になるでしょうね」

 彼は、乾いた笑みをこぼした。話を聞いていた2人は、何とも言えない気持ちになっていた。

「すまん」

「ええ、申し訳ありません」

 2人は、王宮の一室での会話が誰にも聞かれなくてよかったと思った。

ハインリヒさん不憫なり

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