第2章 身バレと契約 その3
あれ、グスタフ視点じゃない…(ちょこっとガーデンパーティー編です。たぶん、今後のユーリアに関わってきそうな気がしたので、急きょ本編に加えることにしました。)
それから数週間――
ユーリアは、デトン公爵家で執事の業務をこなしながら、公爵自身には見破られているものの、公金と公爵家の財政の懐事情を調べ上げ、王太子へ報告をするのみとなっていた。
「ユーリア嬢」
ある日、父親が王籍をはく奪された人間と雖も、ある程度の嗜みを受けてきた公爵は武人の家系であり、自身もかなり馬術を含めた武芸の達人であるユーリアを連れて遠駆けに行っていた。出先で立ち寄った――それさえも予定に組み込まれていたのかもしれないが――個室のあるレストランで、公爵――彼は、ユーリアのことを公爵家の中では、『執事見習いのイェルク』としてではなく、『男装した令嬢のユーリア』として扱うことを決めたらしい――に声をかけられた。
「何でしょうか」
メインの肉料理のソースが付いてしまった口元をナプキンで拭きながら、ユーリアは尋ねた。
「来週に社交シーズンの開幕を記念して公爵家でガーデンパーティーを開く。その時に、女伯爵として参加してはいかがだろうか」
彼は目を細めながらそう言った。一見疑問形のように聞こえるが、その実、公爵である彼に逆らえるはずもなかったうえに、彼が以前述べていた『真相』を明らかにするための布石であるとしか思えなかった。
「それは『真相』を明らかにするためでしょうか」
彼女はアウグストの眼を見返しながら、そう尋ね返した。
「もちろん」
彼は自分の眼を見返しながら尋ね返してきたユーリアに微笑みながらそう返した。ユーリはその答えに、
「それならば、いくらでもお付き合いいたしますよ、公爵様」
と諦めたともいえるような口調で了承の意を伝えた。
そして、ガーデンパーティー当日。
王家主催の王宮茶会などとは異なり、全貴族が参加するわけではない。しかし、公爵家主催という事もあってかなり大規模のものとなっていた。ユーリアは、公爵から最初に言われていた通り、女伯爵として参加していた。
「初めまして、ロンデンブルク女伯爵」
パーティーも中盤ほどになり、そう声をかけてきたのは何人目だったか。現在、王宮の3大勢力のうち、デトン公爵以外の2家も当然参加しており、残り2家である『海の守り人』ドルーク公爵と『山脈神』ベキア辺境伯の当主からも挨拶を受けた。
「ユーリア嬢。これは、私の従妹の亭主だ」
そう『海の守り人』ドルーク公爵から紹介されたのは、鴉の羽のような艶のあるものの、ハインリヒとは異なり、あまり整えられていない黒髪の男性だった。彼はアウグストよりも堅物そうな雰囲気を出していた。
「初めまして、ロンデンブルク女伯爵。ヨハン・グレッセンと申しております」
彼は、黒い詰襟の制服を着崩すことなく、丁寧に礼をとった。
「おやめくださいませ、グレッセン侯爵様。私は、一介の伯爵です。侯爵様に頭を下げさせるわけにはいきません」
ユーリアは、黒いベールの内側から強い口調で止めた。しかし、ヨハンは一歩も引かないようにユーリアを見た。黒いベール越しに刹那、見つめ合った2人だが、
「構いませんよ、伯爵。彼は近衛の将軍補佐官としてこちらに挨拶に来ただけですから、今は侯爵と思わないでください」
そう割り込んだのは、主催者である公爵だった。
「ヨハン、君は私より年上のくせに、自分の娘以下の年齢の令嬢を口説くのかい」
グレッセン侯爵は、寡夫ではあったが、公爵よりも年上で、自分よりも年上の娘がいるらしかった。
「いやはや、儂に息子がいたら嫁に来て欲しい女子だと思ってな」
彼は、少し不気味に笑いながら彼女を見つめた。
「確かに、領地を切り盛りする手腕をお持ちのようだ。かなり惜しい存在だよ」
そう言ったのは、『海の守り人』ドルーク公爵。彼には双子の娘がいて、従兄と結婚した姉の方が後を継ぐ。
「全くですな。加えて、武芸にも秀でていると聞いておりまするぞ」
『山脈神』ベキア辺境伯もそう褒めた。
「…ええ、そうですな」
一人、グレッセン侯爵だけは面白くなさそうな顔でそう言った。
その後、多少気まずい雰囲気は残ったものの、ガーデンパーティー自体は無事に終了した。