最終章 明かされる真実と大縁談 その4
本日連続投稿です。
自分たちが丁重に扱ってきた公爵がそのように反旗を翻したとなれば、誰しもが疑問、焦り、不愉快さを覚えるのは当然だろう。彼らもまた、デトン公爵の発言に片方は真っ青になり、もう片方も怒りに顔が赤くなっていた。
「ふざけるなっ」
顔が赤くなった方の男――ヨハン・グレッセン侯爵は、デトン公爵につかみかかろうとした。しかし、デトン公爵も武術を習っているうえに、体格に差がありすぎた。彼はやすやすと侯爵を投げ飛ばした。投げ飛ばされた侯爵は飛ばされた状態で動かなくなっていた。
「デトン公爵、貴方は一体何をやっておいでか」
もう一人残っていた騎士団長は外に向けて、手で合図し、扉の外から十数人の騎士が入ってきて、中にいる人物を見るなり、ギョッとしていた。王家に最も近い男であり、貴族の最上位である公爵とつい最近までの同僚であり、王太子に(武芸的な意味合いで)一目ぼれされたイェルク・デリクがいたのだからしょうがないのだが。
「こいつらを捕まえて置け」
騎士団長は部下にそう命じた。ユーリアは彼の顔を見て、彼の表情からどのような背後関係があるのか探りたかったが、彼の顔は逆光となっており、見えなかった。彼に命じられた騎士たちはその内容にざわめき、なかなか公爵とユーリアを拘束するそぶりを見せなかった。
「お前ら何をしている」
騎士団長はイラついた口調でそう促したが、彼らはそれでも動けなかった。その様子を見た騎士団長は、もういい、と言い自らやってきて、2人を拘束しようとした。
「そうだ」
初めに公爵を拘束しているときに、騎士団長は呟き、ユーリアの方を見た。彼女はじとっとした目で見つめられたため、後ろには壁しかないのがわかっていながらも後ずさりした。
「お前は拘束しない。その代り」
騎士団長はそこで区切り、ユーリアの方へ近寄ってきた。
「デトン公爵は拘束されて死んでもらうとするが、お前は拘束されていない状態で死んでもらおう」
ユーリアは一瞬彼が言っている意味が分からなかったが、その意味が分かるとすぐに剣を抜こうとした。
「やめろ、イェルク」
刹那、公爵の鋭い声にユーリアは一瞬怯みかけたが、それでも抜剣し、騎士団長に襲い掛かった。
「甘い」
彼は懐から短剣を取り出し、彼女に応戦した。チッと心に中では舌打ちしながら、ユーリアは無表情を装って、剣を重ねていった。リンデン王国の王立騎士団は完全実力制。家柄が良くても実力がなければやっていけない。その仕組みをこの国の建国当初の国王が作り、その息子が次期国王となるための通過点として王立騎士団の統括を行うのだ。それは今の世にも引き継がれ、現王太子であるグスタフ・ハイレンドンもまた、立太子の礼をとった時から王立騎士団統括を行っている。その騎士団の団長をしているミシェル・ベレーゼもまた、貴族の出ではないものの、実力を買われて王立騎士団団長を務めている。
その彼は、当然強い。
しかし、ユーリアもまた、その彼に屈することができなかった。しかも、彼女は山野で育った令嬢だ。一通り、身を守る算段はつけてあるし、熊や猪と戦う時だってある。紀信団長と直接戦ったことはなかったものの、実際の実力は伯仲しているのだ。そのような状態の彼女に、だいぶ騎士団長は押されてきていたが、さすがは騎士団長、まだ勢いが衰えることはなかった。
しばらく剣を合わせる音だけが、続いた。
そして、その静寂は破られることになった。
「ミシェル・ベレーゼ、お前を職務不履行と王家に対する反逆罪の罪で捕縛する」
扉を開けて入ってきた人物は、黒髪だったが、先ほどの侯爵とは違い、長く、きちんと束ねられて――いなかった。
しかし、その声は、ユーリアが待ち望んだものでもあった。
「ようやくたどり着いたぞ、ユーリア・ロンデンブルク女伯爵」
そう彼女に投げかけられた言葉は、彼女にとって予想外のものであり、彼女は、彼女をそう呼んだ焦りを含む高い声に心当たりがあった。
(あの、幼い時に助けた少年――)
彼は、身近に使える主、グスタフだったのだ、と理解すると同時に納得もした。そのせいで、彼はまだ見ぬ女伯爵を追いかけまわしていたのか、を。