シナリオ屋
ここは、生まれ変わりを待つ者が住む世界。
そしてこれは、あの世から娑婆の世に生まれ変わる魂のために、シナリオを書くシナリオ屋のお話。
「お代はいくらだ?」
「へい、感謝1回でよろしゅうございます」
「そうか、どうもありがとう」
「まいどありいー」
お初にお目にかかります。
シナリオ屋と申します。
え? あっしの名前?
いやあ、もうそんなもん、どっかいっちまいましたよ。ただのシナリオ屋でけっこうでございます。
生まれ変わりははじめて? そりゃあ不安でしょう。いや、大丈夫ですよ、このシナリオ屋にすべてお任せ下されば、もっている課題に喜怒哀楽取り混ぜて、退屈しない人生をお届けさせていただきやす。
で、今回のご要望は?
男? 女?
ご両親はどんな方? 見た目は? お国は?
ああ、なるほど。
さて、それではあなたの人生、書かせていただきましょう。
これまでも、そりゃあ色んなお方のシナリオを書かせていただきやしたが。
今回あっしが請け負ったお客はね、まあ、どえらいお方で。
「はあ…、あと、13795、ですか」
まあ、やりもやったり、悪事の限りを尽くされた旦那でね。あと10000個以上の課題を、生まれ変わった先でおやりにならなきゃーならないって事で。
「シナリオ屋。ひとつ頼む」
「へい。いらっしゃいませ」
「もう、生まれ変わりはこりごりだ。次の世に全部の課題を入れてくれ。それで一挙に解決だ」
と、取り出したのが課題プリント。
「へ、へえ?! なんですかこれは!」
いや、参りましたよ。
「だ、旦那ー、いくらあっしだって、こんなの無理に決まってますよ。どっか他を当たってくださいまし」
「金ならいくらでも出すぞ」
「そんなもんあったって、ここではなーんの役にも立ちません」
「だったら、酒か、女か、上手いものが食いたいか」
「だーかーらー、いらないですってば。そんな難しいお題は、名人って呼ばれる噺家さんとか、あの、ほれ、奇想天外な小説を書かれる江戸○さんとか、天才の太○さんとか、芥○さんとかにお頼みして下さいな」
「もう、頼んだ」
「はあ」
「が、すべて断られた」
「だったらあっしなんかにゃ、余計に無理です!」
などと攻防を繰り返したんですがね。
毎日毎日、あっちへこっちへ足を運んでは、断られ、断られ、を繰り返しておられたんですな。でね、なんだかおかわいそうになってきて、つい、情けをかけちまったんでさあ。
まったく、あっしもつくづく人がいいですねえ。
それから7日と半日。
「だあーー、やっと出来ましたよー。もうしばらく、シナリオは書きたくないです」
入れましたよ。ひとつの人生に13795個の課題。
どんなに大変だったか。旦那に渡すときに、あっしはそりゃあもう、切々と訴えたんですよ。切々と、切々とね。
ですが、その旦那、中身を見もせずに、「遅かったな」ですよ!
さすがのあっしもカンカンになって、
「どんだけ苦労したと思ってるんです! まったく。そもそもこれだけの悪事を働いて置いて、1回こっきりの人生で終わらせようなんて、虫が良すぎやさあ、旦那聞いてるんですか?」
と、逆ギレしたあっしに旦那は綺麗な笑顔でひとこと。
「ありがとう、恩に着る」
そう言うと、娑婆世界へと降りたって行かれました。
ぽよーん
旦那のその一言で、あっしは今までキレてたのも忘れて、飛び跳ねるほど嬉しくなっちまうんだ。感謝があっしたちには、一番の報酬なんでさあ。
「ずるいっす」
すねるあっしは、でも、旦那を笑顔でお見送りしたのでした。
それから幾日かして。
「シナリオ屋」
「あ、旦那。お別れを言いに来てくれたんですか?」
課題をすべてやり終えたお方は、自分の意思に関係のない強制的な生まれ変わりの必要がなくなります。
で、これからはご自分の意思で、好きなときに生まれ変わりを選べるようになるんでさあ。
娑婆の様子をみてて、コリャ大変だあ、とか、あの人お世話になったから、ちっとお助けしたい、とか。
そんなやたらと崇高な理由じゃなくても、ちょっと退屈になったから、とか、暇だから降りてみようかな、とかでも生まれ変われるようになります。けど、けっして悪さは許されやせんよ。
でね、その際のシナリオは、天の皆々様がご本人とじっくり相談しつつ書いて下さいますので、もうあっしみたいなシナリオ屋の出る幕は、なくなるのでございます。
それが天のシステムでごさいやす。
ですが、どんな生まれ変わりでも、天へ還られるときに1度ここを通るので、丁寧なお方はお礼なんぞ言いに来て下さいます。ちなみに娑婆の100年は、ここでは数日なのです。
あっしは、この旦那も、言うほど悪いお方じゃあなかったんだと嬉しくなっちまったんですが。
どうも違っていたようです。
「いや。課題がクリア出来なかった。また娑婆へ帰らねばならん」
「ええ?!」
「だから、もう一度書いてくれ」
「ええーーーー」
あっしは、いやです嫌ですと全力でお断りしたんですが、旦那の無言の圧力に負けてしまいました。
しかもですよ。
「旦那。これはどういうことですか? あんなに寿命をお渡ししたのに、たったひとつしか課題をクリアしておられませんぜ」
「ああ、そうだな」
「そうだな、じゃ、ありやせんよ」
そうなんです。この旦那、どういうわけか、いっこしか課題をこなしてなくて。それで、また最初からシナリオを書けって、どういう了見でしょうかね。
でね。もういっぺん10000個も課題を入れるのがいやんなったあっしは、ふと思いついて、前の人生から、クリアした課題を抜いたシナリオを渡してやったんでございます。
で、これで片付いた、と思っていたのが甘かった。
旦那は、生まれ変わるたんびに、本当に、ものの見事に、いっこずつしか課題をクリアされなくて。
で、そのたびにあっしんとこへ来て、シナリオを頼んでいくんです。
で、そのたびにあっしはいっこずつ課題を抜いたシナリオを渡していたんですが。
何度か生まれ変わったところで、どうやら旦那がお気づきになっちまったようで。
「シナリオ屋」
「はい」
「さすがの俺でも気づくぞ。こう何度も同じ人生ばかりだとな」
「へえ」
「書き直せ」
「ええー、嫌ですよ、どうせ旦那ってば、1度の人生でいっこしか課題をこなさないんですから」
そんな攻防戦をしていたとき、ふと思いついたんです。
「だったら、いっそのことこうすりゃどうでしょう」
「なんだ」
「1度の人生に、いっこだけ課題を入れていきやしょうよ。で、あと10000回ほど転生して下せえ。それで万事収まります」
「…」
あと10000回の生まれ変わり、と言われて黙りこくっていた旦那でしたが、いざというときの肝は据わっておられるらしくて、そのあと言われました。
「わかった。仕方がないな」
「へい」
それから、旦那とあっしの、長い長い生まれ変わりシナリオごっこがはじまりました。
いやあ、そりゃもうね。工夫しましたよ。さすがに人様だけではあれなんで、動物や虫やなんやかや、ありとあらゆるものに生まれ変わっていただいて。
で、ようやくあと何回かで終わる、と言うときに。
あっしは、ふと察してしまったんです。
「シナリオ屋」
「へい」
「あと何回だ」
「ええーっと、お、あと2回で終わりですぜ。よく頑張りやしたねえ、旦那」
「そうか」
そう言われて、旦那はまた娑婆へ降りて行かれました。
また幾日かして。
「…」
無言で、怒ったような顔をして、旦那が入ってこられました。
「おや、旦那、ご機嫌斜めですね」
「シナリオ屋」
「はい」
「お前、謀ったな」
「あれ?、ばれちまいましたか」
そうなんです。
あと2回。
あれは、実は間違いで、旦那はあと1回で課題を終えられる事になっていました。
「先に謀ったのは、旦那の方ですよ」
「どういうことだ」
「だって旦那、最後の人生で、また悪いことをやらかそうと思ってたでしょう?」
「なぜわかった」
「長いつきあいですから」
なんと、この旦那、せっかく課題を全部終えるって時に、わざと悪さをして、また生まれ変わろうとなさってたんでさあ。
そんな事、放っておけるわけありません。
「ばれていたのなら、仕方がない」
「へい。でも、なんでまたそんな事をしようとなさったんですか?」
旦那はまた長いこと黙って、そのあとニヤリ、としてこうおっしゃいました。
「お前に会えなくなるのが、寂しくてな」
「は?」
「いや、お前のシナリオ、なかなか楽しかった。これで終わるのが何だかもったいなくてな。だが、仕方がない」
そこで1度言葉を切られた旦那は、驚くことにきちんと頭を下げて言われました。
「どうもありがとう」
ぽよーん。
言い返そうとしたあっしですが、感謝のことばにまたほわんとなってしまいました。
そのあと、旦那は軽く手を上げて、店を出て行こうとされて。
「本当に、ありがとう、ありがとうな」
また、礼を言われたんでさあ、それも2度も!
旦那、そりゃあんまりだ。
なぜって、ひとつのシナリオにつき、感謝は1回って決まってるんですから。
感謝過剰症候群で、腑抜けになっちまったあっしが元に戻るまで、どんだけ大変だったか。
あれから旦那はどうされていらっしゃるんでしょう。
風の便りにも、生まれ変わられたと言うお話しは聞こえてきませんし。
そんなある日。
店の表通りを掃除して打ち水をしていると、聞くとも無しに、通りすがりのお嬢さん方のお話しが耳に入ってきやした。
「ねえねえ、娑婆が大変だったんだって、しってる?」
「うんうん! なーんか誰かが天地をひっくり返すようなおおごとを成し遂げたんでしょ」
「常識が変わっちまったー、って、みんな右往左往して、でもおかげで、とおーっても素敵な世の中になったんですってよ」
「ステキな世の中、いっかい見てみた~い。生まれ変わろうかしら」
「もう! ミーハーなんだから」
「ほんと、ほんとー」
キャハハ、とかしましく通り過ぎるお嬢さん方に、奇特な方もおられるもんだと感心しておったんですがね。
ふと、頭の中に聞こえる声。
「やはりお前のシナリオの方が、100倍も面白かったぞ」
そのあと、ニヤリと笑う旦那の気配がして。
あっしは、まさかと天を仰ぎ見ます。
けれど。
そこにはただ、天の空がおおらかに広がっているだけでございました。
あっしはしがないシナリオ屋。
生まれ変わりにお困りでしたら、いつでもご相談に乗らせて頂きやす。
どんな人生でもお任せ下さいまし。
へい、いらっしゃいませ、まいどありいー。
了
ここまでお読みいただきまして、ありがとうございます。
最近読んだ本のなかに、人は生まれ変わるときに自分で人生のシナリオを書いてくる、と言う一説がありまして。
だけど文章書くの、嫌いな人もいるよなあ、と、ふと思いついた物語です。
今後もシナリオ屋さんを、よろしゅうおたのみ申します。
あ、書くまでもなく、この物語はすべてフィクションです(笑)悪しからず。