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王太子と聖女と勇者が騒いでます

 シーゲの誘導で建物の外に出ると、牛のような2本角の生えた馬らしき生き物が2頭林の陰に繋がれていた。これに乗ってこの場から逃げるらしい。春香の存在は予定外だったため、レンドールと1頭に同乗することになった。仮にも王太子に申し訳ないと遠慮したら、お礼にこれぐらいのことはさせて欲しいという。それに追手がかかった時に、シーゲは戦いやすい様に一人で騎乗していた方がよいそうだ。騎乗するにはメイド服のスカートが邪魔だが、危険なのでお姫様の横乗りのではなく王太子の前に跨る。落ちないようにか、後ろから片腕が春香の身体を抱くように支えている。二人の身長差から回された腕が胸の下の辺りになるのだが、いくらキラキラ王太子でもセクハラだと思うので本当は止めてほしい。

 

 夕方で薄暗くなりつつある林の中の道を進み、3人は砦から急いで離れた。茂雄少年には薄暗くても道が分かるようだ。

 さっきの牢の建物は国境近くの砦の一部だそうだ。戦の捕虜などを入れておくための牢屋で、戦場帰りで人の出入りが混乱して激しいドサクサに、茂雄少年は忍び込んだと言う。そんなことが簡単にできるなんて、相当混乱しているのだろう。

 

「戦ったけど、結局、まるで歯が立たなくて、ヤバくなる前に撤退してきたところだったし」

「このたびの戦において、国王陛下は、あなたを人質にして『幻霧』グレンを抑え込もうとしている。魔王の結界にグレンの魔力に迎撃力、ほとんどこれだけで我が国は何度も攻め込むその度に、撤退を余儀なくされている」

「…ちょっと待って、今、ひょっとして戦争中なの?グレンが戦ってるの?…やだ、どうして言ってくれなかったのかしら。グレン、酷い!私だけ蚊帳の外だったんだ!」


 戦争が始まるかもしれない、とグレンに曖昧にごまかされていたことに春香は憤慨した。本当に、グレンは隠し事ばかりだ。これまでの『領地視察』は嘘で、実際には戦いに出ていたのかと、下手したら知らないうちに傷つき死んでしまったかもと恐ろしくなったからだ。

 

「姐御、今さら何言ってんだよ。知らなかったのか?呑気だな~」


 これまで国境の結界近くで何度も魔獣と戦ってきただけに、茂雄は春香の世間知らずに呆れる。とても年上とは思えない。

 

「防衛だけに徹底していた『幻霧』も、あなたを奪われては、激怒して我が国に侵攻してくることは容易に想像できる。」

「あいつ、これ以上怒らせるのはヤバい。これまでは、こっちが攻めなければ必要以上には追いかけてはこなかった。けど、これからはもう国境際の小競り合いじゃ済まなくなる」

「そうなれば戦の被害が一気に拡大してしまう。隣国との戦の被害が、各地の魔獣被害以上のものになるだろう。魔獣は隣国から現れるからと言われて始まった、魔獣討伐のための戦なのに」


 馬を駆りながら、王太子レンドールはハルーカに協力を依頼してきた。これまで国王に何度も戦を止めるように進言していたが、ちっとも聞き入れられずにいた。何とかしなければと焦るが、国王に真っ向から逆らうことになるため、処罰を受ける可能性があるため孤軍奮闘しているという。背後に騎乗している王太子の表情を見ることはできないが、焦りと国を思う必死さは、その声と体に回されている温かい腕から伝わってくる。

 

「あなたが国を思う気持ちも、家臣を処罰から守りたい気持ちもわかる。けど、もっと『仲間』を信じてもいいんじゃない?一人で頑張らないで、茂雄君、シーゲ君みたいにあなたを慕う仲間と力を合わせてみたら?一人ではダメだよ」


 春香は励ますようにレンドールの腕をポンポン叩く。まるで母親の励ましのようで、20代の男性相手にすることではないが、まあいい。

 

「仲間を信じる?」

「あなた一人の考えで動くのではなく、仲間に相談して力を集めて、みんなで対処するのよ。お互いの報告、連絡、相談、ホウレンソウが大事。私も職場の先輩によく言われたわ。きっと国を思うあなたの願いに応えてくれる人がいるはずよ。私も戦争は嫌だもの、力になってくれるように私もグレンに相談する」

「姐御の言う通りだ、殿下。俺らを信じて言ってくれよ。一人で無茶に動いて、また脱獄を手伝うことになるのは、もう勘弁だぜ。」「ハルーカ殿、シーゲ、…これまでの私は何を恐れていたのか、分かった気がする」


 自分のする事に巻き込むことを恐れて仲間へ相談しなかった事、それは仲間の力や能力を信じていなかった事だと、レンドールは気付かされた。仲間達は自分を慕って信じてくれている、と分かっていたはずのに。

 

「私も、皆を信じたい。今からでもできるだろうか…」

「初対面の私を信じてくれるあなたなら、できるはずよ」


 レンドールの胸の内に何かがぴったりと嵌って動き出した。その活動エネルギーの源は、今この腕の中にいた。

 

 三人は夜中馬を走らせた。途中、予想以上に魔獣が現れて襲い掛かってきたが、さすがの勇者の剣技で応戦し、春香も異能力『もの凄いスピード』と『瞬間パワー』で、張り飛ばした。戦うたびに、姐御スゲー(ゴリラパワーだ)!を茂雄少年は連発した。なぜか、春香はあまり褒められた気がしなかった。

 砦に近いレンドールの幼馴染という領主の別荘へ計画通りたどり着いた。ホッと一安心顔で王太子を出迎えたレンドールの幼馴染ヴァイスは、年老いた現宰相の孫で次期侯爵だという。濃紺の髪に碧眼、見るからに理知的クールな美形参謀様タイプ。春香やレンドールと同じ20代後半ぐらいだ。

 

 3人は明るく落ち着きのある居間に通され、春香も勧められてやっと柔らかいソファーで体を休めて一息つけた。慣れない乗馬で腰やお尻が痛かったので、座れるようになってありがたい。

 一人無茶をした王太子は座りもせずにヴァイスに向き合い、何やら緊張している。夜通し馬を駆けさせて疲れている王太子をまずは休ませねばと、休憩用の部屋に案内しようしたヴァイスを王太子は決心顔で引き留めた。

 

「これまで俺は一人で動いた挙句、おまえに心配ばかりかけてきた。すまなかった。…ヴァイス、俺に協力してほしい。何としても戦を止め、我が国のために動きたいんだ」


 これまで、お前を巻き込むわけにはいかないとばかり言い続けていた王太子が、正面からヴァイスに頼んできた。国のために大きな力を集めるべく、王太子が大きく変化した瞬間だった。

 ヴァイスは片膝をついて、王太子レンドールに迷わず誓いを立てた。

 

「ようやくそのお言葉をいただけて、嬉しい限りです。我が永久の忠誠をあなた様に」

「そなたの忠誠に値する私になるつもりだ」


 レンドールもヴァイスに誓いを立てた。


 何が、誰が王太子を変えたのかをヴァイスは推察する。紛れもなく、王太子に連れられてきた、魔封じの首輪を身に着けているあの女性だと思う。王太子であるレンドール様が恭しく接しているにも関わらず、あまり王族に畏敬の念を持っていない。やや小柄で、男を惑わす妖艶なタイプではなく、普通の可愛らしい女性だ。粗野でもないが高貴とも異なり、これまで王太子を囲んでいた者とは、態度があまりに違いすぎる。異世界から召喚された勇者と聖女に似た雰囲気だった。関係があるのかもしれないと推測する。

 

 夜中の乗馬疲れのためか昼まで寝過ごした春香は空腹を覚え、昨夜通された居間に行ってみた。すると若い女性の張りのある声が響き、寝起きの悪い春香の頭はクラクラした。

 広い居間に騎士服姿の男性達が、昨夜より沢山集まっている。その人々のざわめき声より、たった一人のピンク髪のギャルによる騒ぎで春香のボンヤリ頭が覚醒した。

 

「王太子様~!私、寂しかった~!皆が言うから~、一生懸命頑張って『聖女』したのに、王太子様がいてくんないんだもの!起きたら、傍にいてくれると思ってたのに~!どうして~?」

「倒れたと聞いていたが、リサ、あなたはとても元気そうだ。安心したよ。私は外せぬ用で出かけていたのだ。不安にさせてすまない」

「本当~、私、不安だったの~。離れたくない~、傍にいて下さいね~」


 女子高生くらいに見える。いかにもな高級そうな巫女ドレスを着ているところから聖女らしいが、話し方がそれこそ春香のイメージするキャバ嬢っぽい。たしか茂雄少年は、同じく日本から召喚されてきたと言っていたような?なぜ、日本人にあり得ないピンク髪なのだろう、染めたのかもしれない。瞳の色は日本人にありがちな黒栗色だった。

 

 聖女のアピールに王太子は引き気味だが、彼の腕に大きめの胸を押し当てるように少女は抱きつき、元気いっぱいに大声で甘えている。まるでレンドールの熱々の恋人のようだ。その遠慮の無い無礼な態度で王太子に迫る聖女を男性陣は少々冷めた目で見ている。

 

「王太子様がここにいるっていうから~、私、疲れてるけど、王太子様のためにみんなに連れてきてもらったの~」

「そ、そうか…。ああ、ハルーカ殿、お疲れはとれたかな?紹介しよう、彼女が聖女リサだ。あなたにも迷惑をかけたが、リサも王命でやったことだ、どうか理解してやってほしい」


 昨夜かっこよく決めていたレンドールが、10歳近く年下の女子高生に圧倒されてオタオタしている。王国のために力を発揮しているのであろう『聖女』を無下に邪険にもできない気持ちは分かるが、ここまで振り回されるのもどうかと思う。

 

 春香の存在に気付いたリサが、この場のヒロインは私!とばかりに、レンドールの腕に縋りながら睨んでくる。

 

「なによ、このおばさん!悪い奴の『女』じゃない!苦労して捕まえたのに、なんで当たり前顔でここにいるのよ!ヴァイス様、牢屋にでも放り込んだ方がいいんじゃない?」

「やめろ、リサ!姐御にかかれば、お前なんか片手でキュッと絞められるぞ!」

「リサ、ハルーカ殿は王太子殿下にお力を貸して下さったそうなのです。どうか、レンドール様のためにもご容赦を」


 慣れた様子で、不機嫌な顔のリサをヴァイスは宥める。リサもレンドールとは異なり、ヴァイスには噛みつきにくいようだ。

 失礼な発言をしてくれた勇者、茂雄少年を春香が睨むと、そっと視線を反らせて居間から逃げて行った。

 

 ヴァイスは春香に軽食を勧めてくれた。今日にも魔王城へ帰るなら、まずはエネルギー補給だ。帰り道さえ教えてくれれば、目にも止まらぬ『もの凄いスピード』での移動を休み休み繰り返し、魔獣が出たらノンタ村のおじいちゃん達に習ったように、引っ叩いて追い払ってしまうつもりだった。

 平和な日本で生まれ育ち、グレンや老人達に守られていた春香は、この世界の危険を理解しておらず、呑気にそう考えていた。

 

「あの、私、今日にも魔王城へ帰るつもりです。たぶん黙って出てきてしまったので、グレンや、みんなが心配していると思うんです。お世話になりました」

「え、いや、そう急がなくても。ヴァイスが、私の配下の騎士達をここに呼び寄せているのだ。リサの聖女の力の『小鳥』を使っているから、集合が普通より早く伝わっているはずだ。彼らが集まり次第、護衛隊を組んであなたを送って行くつもりなのだ」

「そうです。砦にいる多くの騎士が戦争終結を願うレンドール様に賛同しているのです。まもなく砦から彼らが集まってくる予定です。ですが、まだあなたを攫ってきた派閥の者も、あなた方が囚われていた砦に残っているのですよ。うかつに動くとまた攫われる可能性が大きい。危険ですよ」


 帰ると聞いて慌てるレンドールに加勢して、ヴァイスも親切そうに微笑みつつも威圧的に春香を引き留めにかかる。

 ヴァイスの考えでは、結果的にハルーカを攫った者達と同じ様に彼女を利用するつもりだった。彼女を使って魔王軍を脅すのではなく、彼女を『救助』した形で友好的に交渉の場を設けるつもりだったのだ。だから、一人で帰られて危険な目に会うことも、無事に戻られても、この国の、いや王太子の益にならない。とにかくこちらの手中に置く必要がある。

 だが、レンドールの考えは、ヴァイスとは違ったようである。

 

「ハルーカ殿、あなたは仲間を信頼することを私に教えてくれた。私はその皆の力を借り、戦を終わらせ、この王国に平和をもたらしたい。ならば、あなたも私の傍にいて、私の力になってはくれないだろうか?常に私と共にいて欲しいのだ」


 頬を染めたキラキラ美形レンドール王太子が、色気を含む熱い眼差しで春香の両手を握ってきた。周囲も見ずに一人で突っ走る、思い込んだら一直線の性格が、こんなところにも出てきてしまったようだ。突然のレンドールの告白?で周囲の注目を一身に集めることになり、春香は恥ずかしさのあまり逃げ出したくなった。まずはこの手を振り払いたい。

 

「そ、そう言われましても、私、何の力も無いので、王太子殿下のお役には立たないかと。帰ってからグレンと魔王様に相談はしてみますから。まずは家に帰らせて下さい」

「何の力も無いなんてとんでもない。ハルーカ殿、あなたが私の傍にいてくれれば、私の中に何でも出来そうな力が湧いてくるのだ」 

 キラキラ美形一人で盛り上がるのは止めて欲しい。春香にはグレンという永遠の恋人がいるのに、これ以上レンドールに変な事を言われても困る。このまま話を突き進ませないように、話題を変える必要がある。

 

「…その、まずは、王太子様のお力になるためにも、お願いがあるんですが、この首輪とか腕輪とか、外してもらえませんか?聖女さんがいるので、外せるのではないですか?」

「おお、そうだな。ハルーカ殿に、このような無粋な物は似合わない。私も気付かず失礼した。リサ、彼女の…」

「誰が外すもんですか!あんたみたいな雌猫には首輪がお似合いよ!ついでに牢屋で鎖にでも繋ぐ?いつまで引っ付いてんのよ、王太子様から離れなさいよ!」


 無理矢理に話題を変えることには成功したが、今度は聖女の怒りを買った。鬼のような形相で春香を睨みつけている。レンドールも危険を感じたのか、しぶしぶ手を離した。それでも絞め殺さんばかりの怒気を春香にぶつけてくる。

 その後、どんなにレンドールがリサを宥めすかしても、完全に臍を曲げたリサは首輪と腕輪を外してはくれなかった。そのため、いつまでたっても便利な魔法を春香は使うことができなかった。首輪で首を絞められなかっただけでも良かったのかもしれない。

 

 外に騎士達が集まったと、茂雄少年が居間にやってきて告げた。

 なぜ外にいたのか春香が尋ねると、護衛人数が少ないので危険が無いかの見張りと、リサがレンドールのことでハルーカと揉めることは分かっていたので逃げていた、と言い訳した。色々な方面に勘が鋭い少年だった。さすが勇者である。

 騎士達も揃い、怒りの魔王軍が王都へ進撃してくる前にハルーカを送り届けるべきというヴァイスの進言もあり、王太子一行は聖女や勇者を伴い、国境へと出発した。

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