表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/6

なぜか王太子も牢の中にいました

 その日、春香はご機嫌で1階の窓拭きをしていた。掃除を指示された窓はどれも低い位置だけだった。高い所は、専門の男性がやることになっているそうだ。実は春香が万が一にも怪我をしないように、慎重にメイド長が仕事を考えて指示している。メイドを差し置いて専門って何だろう?とは思ったが、まずは与えられた仕事をこなすことに集中する。

 明日はグレンが視察から帰って来る日だった。今回のお出掛けはちょっと長かった。遠方の領地だったらしい。きっとクタクタだろうから、戻ったら精一杯優しくしてあげたい。その前にあちこち綺麗に磨き上げて出迎えたい。や~ん、新妻みたい(まだ結婚してないけど)と、思わず雑巾を握る手に力がこもる。

 

 コンコン、と窓を叩く音がした。音の方を見上げると、可愛い小鳥が何度も突いている。その細い足には何やら筒のようなものが取り付けられていた。窓を開けてやると、小鳥は臆することなく春香の指に止まった。

 

「可愛い、人に慣れてるなあ、どこから来たの?」


 ピルルルーと可愛い声で鳴く。春香が足の筒を取ろうとしても逃げることもなく、慣れた様子だった。筒の中にはノンタ村独特の印が押された小さな手紙が入っていた。

 

『ばあさん重病、すぐ帰れ。ハルーカに一目会いたがっている。裏の地図の所まで迎えに行く。』


 大変だ、大恩人のおばあちゃんが重病!これで春香の頭はいっぱいになった。待ち合わせ場所を確認しようと、手紙を裏返して地図らしき物を『見た』。

 

 手紙がパラリと手から滑り落ちた。小鳥が肩に止まりピルルルーと鳴くと、春香は何も考えられなくなった。頭を占めるのは、お世話になったおばあちゃんが重病で苦しんでいる姿のみ。居ても立ってもいられず、意図せず目にも止まらぬほどの『もの凄いスピード』で城の出口へと廊下を駆け出した。魔王様と散歩がてらあちこち歩き回って地理が頭に入っていたのか、迷わず進んだ。

 

 誰の目にも止まらぬまま辿り着いた待ち合わせ場所は、城から出た森の入り口だった。馬に乗った男はぼんやりした眼差しの春香を認めると、無理矢理馬上に引き上げる。落ちないように固定するや、次なる目的地である結界壁の所まで馬を走らせた。

 

 勇者と魔術師が陽動で他の場所に幻霧をおびき出しているわずかな時間に、他所の結界壁に穴を開けて聖女が待っていた。聖女もフラフラだった。気取られないように細心の注意を払って結界に穴を開け、使役している小鳥を飛ばしたのだ。更に手紙を受け取った者に思考を単純化する遠隔魔法を掛けている。手紙を見た女は、深く考えることもなく衝動的に手紙の指示に従い、予定通りになった。先に潜入させた探りの者たちも見事な連携プレーをとれた。

 

「聖女様、急いで引き上げましょう。この女もすでに薬で眠らせてあります」

「分かってる~、馬車までは保つけど後はお願い~。この女の魔力抵抗が強くて、魔力の使い過ぎで私も、もう駄目~。一緒に眠ってしまう…」


 崩れるように眠りについた二人を載せた馬車は、少数の護衛と共に作戦を行う予定の砦へと駆け出した。


 固くて冷たい感触に春香は目が覚めた。変だ、ここ最近温かい身体に包まれて目覚めることが多かったのに、寒い。小さく唸る。石造りの床の上に転がされていた。贅沢は言わない性質だが、これは大いに不満である。せめてベッドに寝かせておいてほしかった。

 

「おお、もう目覚めたか?体に大事はないか?…あなたのために『聖女の力』を使い切って、リサはまだ眠っていると聞いていたが。…あなたは、『幻霧』グレンの婚約者殿か?」


 優し気な男性の声が、少し離れた背後から石床に響いて聞こえてきた。重い身体を頑張って起き上がらせ、声の方を振り向くと、一面、壁代わりに格子が並んだ廊下の向かい側にその人はいた。お互いに牢屋に入れられている。

 

 おお!ボンヤリから一気に目が覚める。薄暗い石床の上に片膝立ちで座っているその人は、気品と繊細さとが見事にミックスされた、文句無しのキラキラ美形。春香と同じ20代後半ぐらいでサラサラの銀髪に深い青色の瞳、白いお城の王子様ってこんな感じよね、を具現化したスッキリ細身の長身で優しい容貌、心なしか服装も上等に見える。でも、やっぱり落ち着いた黒髪、長身かつ筋肉質で細身のグレンの方が男らしさがあって、春香の『素敵』好みだった。

しかし上品な彼も牢屋の中で、少し疲れた感じで石壁にもたれている。憂いの美形だ。

 

 目が覚めて、ようやく小鳥から手紙をもらったこと、ノンタ村のおばあちゃんの病のことを春香は思い出した。

 

「ええ、私、グレンの婚約者(きゃあ、恥ずかしい)のハルーカといいますが、どちら様ですか?私はなんでここにいるんでしょう?なんか、この部屋、牢屋みたいだけど?そうだ、私、ノンタ村に行かなきゃならないんです!おばあちゃんが病気なの!」

「私はこの国の王太子、レンドールだ。同じく『牢』に入れられている私が言うのもなんだが、まずは落ち着いてくれ。実はノンタ村の伝言はある臣下による謀、そなたを魔王城から連れ出すための嘘だ。だから、ノンタ村の民に問題は無いはずだ」


 キラキラ美形は春香を落ち着かせるように、その麗しい蒼い瞳に優しさをこめて見つめてきた。

 

「王太子…様?それが本当ならいいけど。なんで手紙が嘘だと知ってるんですか?牢屋にいる人なのに?」

「その誘拐作戦に異を唱えて、実行を阻止しようとしたら、邪魔だと牢に入れられた。仮にも王太子に無礼な者共だ。あなたがここにいるということは、事態は最悪な方に進むということだな」


 更に暗い顔になったキラキラ美形レンドールがため息をつくのを見て、ただでさえ牢屋にいるのに春香は一層不安になってきた。一体何が最悪なんだろうか。

 

 まもなく帰ってくる婚約者とのラブラブを満喫しているはずのところ、なぜ誘拐されたのか訳が分からない。しかも春香の首と手首には、幅の狭い銀の輪が嵌められている。手首のその輪の表面には何やら文字のような模様が刻まれており、繊細なアクセサリーにも見えるのに、錘のような不思議な重量感を感じる。

 

 ふと、薄暗い廊下の奥の方から誰かが音を立てないようヒタヒタと歩いてくる。

 

「殿下、どこですか~?ここですか~?そこですか~?いますか~?」


 できるだけ小声で一つずつ牢屋を覗き、こっそり人を探しているようだ。薄暗い廊下の奥をキョロキョロと前後を警戒し、格子越しに春香のいるところも覗いてきた。

 

 ファンタジー世界で言う『マントを纏う戦う旅人!』風の茶髪長身の少年だった。10代後半ぐらいの高校サッカー部キャプテン風やんちゃ系の容貌で、春香のアラサー世代から見れば、可愛い!といえる顔立ちだろう。坊主刈りの野球部ではない。茶髪がちょっと伸びたナチュラルな髪形なので、高校サッカー部キャプテンと勝手に決めた。

 

「あんたじゃない!…ああ、こっちだ!殿下、無茶しないで下さいよ。殿下がヤバイらしいって人から聞いて、俺、探しちゃいましたよ。一応、助けに来たんです」

「すまない。私も計画が予想以上に早く進められると聞いて、一人急いでしまった。シーゲ、そちらにいる彼女が例の『幻霧』グレンの婚約者で、ハルーカ殿だそうだ」

「あの冗談みたいな計画、本当に上手くいったんだ!マジあっさり手紙で誘い出されて、監禁されてるし。…なあ、あんた、悪の将軍の『女』なんだって?本当?もっとNo.1キャバ嬢みたいなのを期待してたんだけど?ぜんぜんそんなんじゃないよね?」

 

 マジマジと春香を見て、何を期待していたのか分からないが、がっかりした風の少年の無礼さにカチンときた。

 

「年上のお姉さんを『あんた』呼ばわりするんじゃありません!キャバ嬢みたいな色気なくて、悪かったわね(本当はあっていいはずなんだけど)!それにグレンは悪の将軍なんかじゃないわよ!美形戦士とか言いなさいよ!…キャバ嬢ですって?」


 こちらの世界には無くて日本にはある職業名『キャバ嬢』について、知らないと思ったのか言い難そうに説明を始めたサッカー少年の顔を確かめるように見つめる。

 

「…ひょっとして、君、日本人なの?」

「…お姉さん、やっぱり日本人か!顔がこっちの欧米人顔となんとなく違うから、もしかしてと思ったけど…。あんたも召喚されて、こっちに来たのか?俺、立花茂雄、こっちじゃシーゲって呼ばれてる。聖女してる里紗も日本人だ。今、あんたのせいで寝てる」

「月野春香で、ハルーカ、美形戦士グレンの婚約者よ。私は会社帰りに歩いてたら、いつの間にかこっちに来てたの。ちょっと、同じ日本人にこの輪っかはないんじゃない?取ってよ。」

「そう言われても、俺が付けたもんじゃないし。お姉さん、危険人物だから監禁するって聞いてるし」

「失礼ね!お姉さん、怒るよ!」


 二人が激しく言い合いを始めそうなところ、まあまあとキラキラ美形が上品に宥める。

 

「…二人楽しく盛り上がっているところすまないが。…まずはこの牢から出ないか?それに、その首輪と腕輪だが、それらでそなたの『魔力』をリサの『聖女の力』で封じていて、簡単には壊れないと聞いている」

「確かに魔力の気配が消えてる、隠される感じ?」


 サッカー少年茂雄も不思議そうに腕輪を見つめ、春香の魔力の気配を確認している。

 

 ならば試しに、と茂雄少年に両手を向け、縄グルグル巻きイメージで腕を振り回し『捕縛魔法』を放つ(危険な世界が見えそうで、キラキラ美形には向けられなかった)。が、何も起こらなかった。ただ、アラサーの28歳がするには恥ずかしい仕草をしただけに終わってしまった。技を仕掛け易いタイプってあると思うが、サッカー少年茂雄の方を犠牲に選んだ罰が当たったのかもしれない。

 

 コホン、と気を取り直す空咳をして、お互い恥かしい仕草(踊り)は見なかったことにした。

 

「…私、家に帰ろうと思ってるんですけど。グレンや魔王様が心配すると思うので」

「まずはこの牢からどうやって出るかだが。シーゲ、鍵は持っているか?この牢の全てドアには対魔法の術が掛けられている、と聞いている。私も色々試したがダメだった。体当たりでもビクともしなかった」

「じゃあ、俺もやってみる。派手に音が出ちゃうけど、しようがないよな」


 シーゲこと立花茂雄少年が、レンドール殿下のいるドアに蹴りをいれたり体当たりをしたりするが、やっぱりどうしようも無いようだった。

 

「くそ!いったいどうしたら…。殿下、急がないと、誰か来ちゃうし。格子は金属だから剣も利かない」

「私もここを出たいんですけど…。やってみてもいいですか?」

「好きにやってみればいいだろ!女の力で何ができるんだよ!」


 男のプライドを刺激したのか、焦ったのか、茂雄少年が怒鳴る。

 

「では!『こうじゃ!』」


 ノンタ村じいちゃんの教えに従い、春香は気合をこめた『瞬間パワー』で、格子の1本を思いっきり両手で引っ叩いた。バンッと、最初の一撃で格子がひしゃげ、二撃目には折れ曲がり、春香が通れるくらいになった。ちょっと手のひらがジンジンしてる。

 

「…なぜ?魔法封じの腕輪も、対魔法の術もかかっているはずなのに…」

「…ゴリラ女だ」


 愕然と呟く王太子はともかく、婦女子にあるまじき呼びかけをした少年の頭頂部に正義の鉄槌の拳を下す。もちろん、たんこぶができない程度の普通の力で手加減はした。

 

「魔力をぶつけたわけじゃないし。魔王様は『異能力』って言ってた。では、私、帰りますね!」

「…お待ちください」


 二人が引き留める。急いで抜け出さねばならない切羽詰まったこの状況だが、男二人を軽く上回るパワーを前に悔しそうにしながらも、男のプライドが重くて「自分も助けて下さい」が言えずにいる。

 

 すぐに情けなく泣きつかれるよりマシか。大人の女は、男のプライドを理解するものよ。あえて何も言わずに春香はレンドールの牢の格子も叩き曲げて、出られるようにしてあげた。さっきの魔法の失敗での恥かしい仕草(踊り)を見なかったことにしてくれたし。


「(ゴリラの)姐御、と呼ばせていただきます」

「あなたのご協力に感謝する」


 春香に破壊された格子を見て、レンドール殿下と茂雄少年は頭を下げた。気のせいか茂雄少年の口調に不快な気配がするような。

 

「この後のことだが、もしよければ我々と共に来ないか?女性一人で出歩けるほど、この砦付近は安全ではない。礼もしたいので」

「そう言われると不安だなあ。じゃあ、とりあえずご一緒させてもらいます。様子をみてから帰ることにしますね」

「じゃ、急いで脱出だ!殿下、姐御、こっちだ!」

 

 三人はシーゲが見張りを気絶させて忍び込んできた通路を一緒に駆け出し、牢のあった建物から無事外へと逃げ出せた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ