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美形すぎて不安だったんです

 国王は焦っていた。もう軍隊を何度か派遣しているが一向に国境を突破できない。聖女の魔法で結界に穴を開けるも軍隊が押し入るには小さく、空いた穴から飛び出してくる巨大な幻の魔獣に勇者や騎士達が振り回され手間取り、それらが揶揄うように霧散する頃には、結界壁は更に強固に修復されてしまうのである。せっかく異世界から苦労して召喚した勇者も聖女も期待外れだった。

 

 探りを入れるための者が潜り込めることもあるが、それも魔王の国の結界の壁の魔力に耐えられる貴重な少数だけだった。どうしても様々なエネルギーの元となる魔法石鉱山がほしかったのだ。入手できれば鉱石を高額で売れるからである。

 

「結界壁を越えられる術はないか?誰か、案があれば申してみよ」

「まずは、この戦の終結をご考慮下さい。これは一方的な侵略です。このままでは他国も黙ってはおりません!」


 王太子が必死に父である国王に訴えるが、聞き耳を持たない。王太子は、まだ大きな被害が出ないうちに戦を納めるべきだと、これまで何度も主張してきたが、魔法石鉱山への欲にかられた国王と一部の臣下がゴリ押しを進めていた。

 

「王太子、控えよ。余が議題にしているのはそのようなことではない」


 王太子を無視し、更に臣下に問うたところ、一人だけ意見が出た。

 

「結界壁の魔力を支えているのは、あの『幻霧の男』です。あの者を倒せば、結界に穴が空き、突破できます」

「幻霧と言うだけあって、姿を現しても矢も剣も槍もすり抜けるのであろう?その大きな魔力で素より魔法も弾くとか言うではないか!奴一人のために、わが軍は攻めあぐねていると聞くぞ!」

「探りに入った者が持ち帰った情報で面白いものがございました。あの者、最近、婚約者を得たそうです。実はその女この国のノンタ村の出身で人間と思われます。更に、珍しくも『捕縛魔法』を使うそうで。この人間の女をこちら側に寝返らせ、『捕縛魔法』で幻霧や魔獣たちを捕縛させれば良いと思われます」

「おお~」


 感心の声があちこちからあがる。

 

「しかしどうやって、こちら側に引き込む?ドレスと金銀財宝か?」

「あちらでも、贅沢はしておりましょう。それよりも出身村を使いましょう」

「ノンタ村か、あ奴らはそうそう言うことなぞ聞かぬぞ?面倒な隠居老人共じゃ」

「本当に彼らを使う必要はありません。そう見えればいいのです」


 その家臣は自信ありげに計画を語った。

 

 春香は大変ご機嫌斜めだった。また、グレンが視察に出かけるというのだ。しかもいつ戻るかまだ分からないと言う。王弟として魔王代理の仕事でも、もう何度も出掛けては春香をここに置いていく。魔王やエマが寂しさを紛らわせてくれていても、寂しいものは寂しいのだ。

「私も視察に連れていってよ。邪魔にならないようにするし、お手伝いがしたいの。力仕事でもなんでもするよ。ノンタ村では何でもしたもの!」

「…ハルーカに力仕事をしてもらうつもりはない。それに視察といっても、おまえはまだこの国の濃密な魔力に身体が慣れていない。具合が悪くなったらどうする?無理はさせたくないんだ。身体が慣れたら一緒に行こう」


 困り顔でグレンは春香の願いを退ける。身体のどこが悪くなるのか、慣れていないのか自覚症状も無いだけに納得がいかない。

 

「もう大丈夫よ。一度も不調になんかなってない。魔王様とスポーツして、身体も鍛えてるし」

「この城内なら、姉上の力が働いているから問題はない。だが、外はそうはいかない。それに旅中に魔獣も現れる。この国の魔獣は数は少ないが、強さ大きさはノンタ村付近ものとは比較にならないほど危険なんだ」

「視察団にはそこの女性達だって一緒に行くんでしょ?私だって『捕縛魔法』を使えるから、平気よ。この国に来る時だって使ってたじゃない。戦えるよ!」

「お前を危険な目に合わせたくない。視察ももうじき終わらせる。それまで安全にここにいるんだ」

 

 『危険』『安全』。大事に、心配してくれる気持ちは分かるが、今は城で皆に可愛がられる愛玩動物のような暮らしだ。ノンタ村にいた時のように、春香はグレンの傍で、彼のために何かして、彼に必要とされることを実感したかったのだ。

 更に、彼の視察団には美人の女騎士(角や獣耳などあり)が付き従っていくという。彼女らがよくて、なぜ『捕縛魔法』を使える春香はダメなのか。ますます納得いかない。美人に囲まれているのも納得いかない。

 

「グレンのわからずや!美人さん達と、視察でも何でも行けばいいよ!」

「おい、美人は、関係ないぞ!」

 

 グレンの話も聞かず、春香は部屋に駆け込んで閉じこもり、初めてグレンの出立を見送らなかった。

 

 グレンには、どうしてもハルーカをつれて行けない訳があった。本当は視察ではなく、出陣だった。ハルーカは女騎士団員を気にしているようだが、他意は無く、彼女らは純粋に戦うための強い魔力持つ騎士団員だった。

 隣国の騎士団が国境に押し寄せ、魔王の張っている結界をこじ開け、侵攻しようとしているのだ。そこでグレンを含むこの国の魔力兵が出陣し、攻防を繰り返していた。魔王の命により、必要以上に隣国に侵攻することなく騎士団を押し返し、結界を修復補強しながらの戦いは、忍耐と体力と魔力が必要だった。小競り合いは何度も起きている。

 更に、隣国にはハルーカの故郷ともいえるノンタ村が属しているので、戦争しているとはとても告げられなかった。戦場で負傷する可能性もあり、帰城する日もハルーカには明言できない。言えない事だらけなので、ハルーカが納得する訳がなかった。優しいハルーカを心配させたくなく、嫌われたくなかったのに、結局はハルーカの機嫌を損ねてしまった。正直に言えば良かったのかと、グレンも後悔で落ち込んだ。

 

 広い庭の一つに作られたパターゴルフ場で、恒例の魔王様との遊びの時間だった。

 寂しさと怒りで握りしめたクラブに力が入り過ぎて、ボールは穴から逸れて転がっていった。スンスンと鼻を啜りつつ泣きながらも、春香は2打目を打つがやっぱり入らない。旗が立てられた動かない穴を目掛けて、止まっているボールを打ってだけなのでに、なぜ入らないのだろう?パターゴルフでは、春香の異能力『もの凄いスピード』と『瞬間パワー』を発揮することはできない。グレンに向かって打った心が外されたような気がする。アラサーだけど、乙女チックな空想に浸ってまた涙が零れる。

 今回は、魔王が春香の気晴らしに付き合ってくれている感じだが、深海の底に沈み切っている春香では遊び相手にもならなくて、申し訳ない。

「泣きながらするくらいなら、『スポーツ』は止めるか、ハルーカ?」

「涙が止まらなくて…。グレンに分からず屋と言っちゃったんです。本当はそうは思ってないのに。私ってバカです、ううう…。グレンに嫌われたらどうしよう?あんなに美形なんです、あちらは引く手数多です。今回だって美人さん達に囲まれてました。私なんか、捕縛魔法が無ければ好きになってもらえる訳もないのに…ううう」

「よう、しゃべるのう。いろいろ自分で分かっているのだな。グレンがハルーカを嫌うとは思えぬが。だが、捕縛魔法に囚われるな。それだけで惚れる弟ではない。良くは分からぬが、出会った頃のそなたに戻ってみてはどうじゃ?今のウジウジ春香では、誰も魅力を感じないであろうよ。」

 ウジウジと言われてショックだった。確かに辛気臭くて、愚痴って嫌な女になっている。自分だってこんなの嫌いだ。

 出会った頃の自分とは?春香には分からなかった。どうしてたか?考えてみるに、あの頃、グレンを見るたび『樹君』を見るようで、嬉しくってたまらなかった。今は『グレン』が好きだった。誰がいようと、見れれば、会えれば、話せれば、それだけで幸せで、軽く木星軌道まで飛んでいけた。周りが呆れるほどのぼせた。この異世界でようやく会えた、『奇跡』の彼だ、今でものぼせて木星にまで行けるだろう。隠し事が多い彼の心を探ってばかりいないで、まずは自分の心を伝えていく。

「…私、グレンに謝りたいです。ごめんなさい、を伝えたい。大好きですって伝えたいです!」

「さっさと手紙を書け!魔王命令で大至急で届けさせる。…全くもってバカバカしい。今日のスポーツは終わりじゃ!」

 ますます呆れて、魔王はクラブを持って一人で城内へ先に戻って行ってしまった。恐らく、春香が急いで部屋に戻って手紙を書きたい気持ちを汲んでくれたのだと思う。異能力『もの凄いスピード』で(くだらない使い方と分かっているが)、自分の部屋へと駆け戻った。

 

 強化した国境の結界の内側で野営していたグレンの下に、至急の手紙が届いた。ハルーカからだった。『ごめんなさい、大好きです、心配してます。グレンが一番大事です。美人さんのことも気にしてません。』など、様々な素直な感情がそのまま多数書かれていた(しかし美人は気にしてると思われる)。ここまで素直に書ける者はそうそういない。読めば読むほど頬が赤らんしまい、誰に見られているわけでもないが、思わず片手で顔を隠してしまった。他の誰にも見せられない程の恥ずかしい手紙だ。でも、これまでにない優しい温かい気持ちが満ちて行く。

 グレンの返信は『手紙、嬉しかった。大事なハルーカに早く会いたい』で短かった。生まれて初めてのラブレター?これだけでも、春香はのぼせて、久しぶりに楽々と木星にまで飛べた。

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