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魔王様の国に連れて行かれました

 自らの対となる者を長い間願い続けていた。この地に現れたはずなのに、半年もかかってようやく不思議な魔力の凝縮したような彼女を見つけた。最初は気配が隠されて感じ取れなかった。どうやら半年の間、ゆっくり周囲に馴染むように大事に育てられていたようだった。


 ハルーカと名乗る彼女は、既に、村の結界魔法では隠しきれない程の大きな魔力をその身に蓄積し、放出している。黒髪黒目で、背はそんなに高くなく、頼りなげな細身。10代の少女のように紅い顔をしてワタワタするが、20代後半のように落ち着いた雰囲気もある。

 年の割に男に慣れていないのか、かなり初心のようだ。村で会うたび、紅くなったりくるくる変わる表情につい目が行く。彼女は年寄りにいいように使われているのを楽しんでもいる大らかさがある。

 

 相変わらず、この村の年寄り共は侮れない。この村に魔獣が増えてきていた訳を彼女は気付いていない。無意識に放射している魔力を喰い取り込もうと、小物の魔獣が集まってきていたのだ。あんな小物の分際で、取り込むことができるわけもないのに。


 倒した魔獣の残骸から取れる魔核石を集めて売りさばくことで、村は潤っていた。魔力エネルギーの源になるその石の価値を知らずとはいえ、彼女一人で村人全員を養っていたに等しい。春香自身が俺と村を出ることを決めてくれたので、無理矢理攫うまでせずにすんだ。


 各戦闘術、魔術の師匠・名人クラスの連中が、引退後の余生を過ごすあの村は、老婆一人でも怒らすと非常に面倒くさい。あの年寄り全員を俺一人で相手にするのは、勘弁してもらいたいところだったからだ。

 ただ、ハルーカは村に働き手が減ることを気に病んだ。しかし、老人達は諦め顔で、以前のように必要な時は誰かの孫を呼びつけるから心配しなくて良いと、ハルーカを安心させてくれたので良かった。

 

 村を出た後、何度も魔獣に襲われはしたが、剣と魔法の攻撃力の高いグレンと『捕縛魔法』の春香の二人がそろえば無敵だった。何が現れようと、戦うグレンの雄姿にのぼせた春香に怖いものは無かった。でも二人きりの旅で、昼間は爽やか『樹君』なのに、夜になると捕食者の眼差しを向けるのは止めて欲しい。唇を重ねてきた彼から離れられなくなるから。

 

「やっぱり『樹君』素敵…」


 彼女を連れて帰る国へと向かう間、時折小声で彼女がつぶやく不思議な言葉『イツキクン』。その時の彼女は決まって頬を紅く染めて潤んだ瞳をしている。村の老婆が教えた呪文か何かだろうか。イツキとは誰かの名前か何かだろうか。何となくムカついた。

 ハルーカがこの手の内にある以上、グレンは無敵だった。


 グレンに連れて行ってもらった先は、小説にありがちな巨大な西洋の城だった。どちらかというと、武骨な石肌の要塞に近いかもしれない。しかも何となく薄い灰色の霧に包まれていおり、漂う雰囲気が普通じゃない。物語のストーリーにありがち過ぎて、却ってビックリだった。もしノンタ村の老人が傍にいたなら、「何じゃ、この魔力は~!」と春香に教えてくれたに違いない。

 

「何、このお城?あそこに行くつもり?思いっきり、普通の感じじゃないよね。グレンさんって、もしかして魔王様だったりする?勇者や聖女がいるんだから、魔王だっているかもしれないよね?」

「そんな、ばかな。魔王が一人で老人村にいるわけがない」


 城に怖気づいてパニックを起こしつつある春香をグレンは優しく宥める。だが、グレンは魔王の存在を否定してはいない。他に何か隠してる気がする。

 

「じゃあ、ここはどこなの?グレンさん、何者?」

「人間の王曰く魔王はいて、ここはその魔王の居城だな。俺はその配下の一人だ」


 常々『樹君』に会うためなら悪魔に魂を売ることも厭わないと思ってたけど、グレンに付いてくることで本当に人間を辞めてしまったんでしょうか?春香の背筋に冷たい汗が流れた。だが、後悔は無い、無いと思いたかった。

 

 上品かつ豪華な謁見の間であっさり魔王様と対面させられた。光り輝く金髪碧眼で20代後半に見える美女だった。春香と同じ年くらいに見えるのに、さすが白人、日本人には出せない妖艶な色気に満ちていた。魔王は、退屈な日常に面白いことを見つけた、みたいに微笑んでいる。

 

「私がこの国の王である。隣国の者は魔王とも呼んでいるようだ。グレンから報告を受けておる。親族の一人として、ハルーカ、この城に住まう許可を与えよう」

「こ、光栄でございます?」


 グレンにさっき教わった通りの礼をとる。基本、身分制の無い日本で生まれ育った春香には、魔王様にどう挨拶やら返事をしたらよいのか分からない。無礼な態度だったかもしれないが、魔王はこだわらないでいてくれているようだ。恐怖の大王には見えず、ホッとした。

 

「さて、久しぶりに顔を見せた可愛い弟よ、隣国の状況はどうじゃ?」

 配下と言っていたにも関わらず、実はグレンは魔王の弟!であることに驚きつつも、やっぱり『樹君』は主人公を支えるナンバー2の立場だったか!とも春香は納得した。それにしても魔王はグレンの年下に見えるくらい若く見える。グレンの実際の年齢はひょっとしたら春香よりずっと若いかも、と目の前の美形姉弟の年齢に疑問を持つ。

 

「以前のように勇者、聖女らしき者共を揃え、兵糧を商人より集め、傭兵を広く募集しております。攻め込む気は十分です」

「あの国王も戦好きで困る。仮に我が国から魔力石鉱山の領地を奪ったところで、人間に採掘できるわけもないのに。こちらからは開戦する気は全くないが、口実を与えぬよう、魔獣の管理を厳しくするよう皆に伝えよ」

「仰せのままに」


 グレンも臣下の一人として礼をとり、ハルーカと共に退出を許された。

 春香はそのままグレンに豪華な居間付の客室に案内され、春香専属侍女のエマを紹介された。エマには細い白く煌く角が頭に2本も生えてたが、その他は春香と同じ年の茶髪の優しい女性に見えた。

 

「殿下の大切な方ですので、精一杯お世話させていただきます。何でもおっしゃって下さい」

「あの、ご迷惑をお掛けします。あと、何もこちらのルールを知らないので、教えて下さい。よろしくお願いします」

「ハルーカ、貯めてた仕事を片付けなきゃならない。すまないが傍にいてやれないかもしれない」

「グレンさん、大丈夫です。お仕事頑張って下さい」


 見知らぬ土地で内心怯えているだろうに、健気に強がりを見せるハルーカに申し訳ないと思いつつ、グレンは会議に向かった。とにかく不在の間溜まった仕事を片付けて、早く傍に戻ってやりたかった。

 

 とにもかくにもようやく春香は自室でエマからお茶をもらい、一息ついた。エマは、年寄りに躾けられたハルーカの慎ましい態度に好意をもってくれたようで、和やかな態度だ。

 

「『幻霧』で知られる殿下に、あのようなお顔をさせるなんて、ハルーカ様は凄いですわ」

「な、何ですか、その(恥ずかしい)通り名は?私はグレンとしか名前を知らないんですが?」

「冷たい霧のように掴めない者だからだ」


 突然、威厳ある3人目の声が会話に加わった。いつの間にか魔王が妖艶な微笑みでソファーに座っていた。エマが慌てて礼をとり、お茶の用意をする。


「よい、突然訪問してすまないな。堅苦しいのは嫌いだ、気楽に頼む。…婚約しておるのに、弟のことはあまり知らぬようじゃな」

「あの、婚約といっても、その、突然で、あっという間で、夢のようで…」

「モジモジして可愛いのう。まあ、他国からきたことだし、結婚前にまずは我が国のことを学んでもらうようじゃな。教師を手配せねば、エマ、そうのようにせよ」

「かしこまりました。その他、足りない物をご準備させていただきます」


 エマは春香の荷物を整理していて、着替えや身の回りの小物が少ないのに不満があるようだった。春香としてはノンタ村では特に不便にも感じてはいないレベルだったのだが。元々、仕事や生活に必要最低限あればよくて、装飾品には大して興味を持たない性質だった。

 

 親切にしてくれる二人を前に、春香はこの国にきてからの疑問を無礼を承知で聞いてみることにした。なぜ、生まれも育ちも不明な(実は別世界から来てるし)、初対面の自分にこんなに親切にしてくれるのか?王弟であるグレンにはもっとふさわしい人がいるのではないかと。

 

「簡単じゃ。まさしくこれまで弟に相応しい者がいなかったからじゃ。では、相応しいとは?身分、魔力ではない。弟の体質?の問題だ」

 『幻霧』の名が示す「冷たい霧のように掴めない者」であることが問題だった。彼が見せている身体は、魔力の霧を固体にしているらしい。やっぱり美形すぎる人って人間じゃなかった、と春香は変なところで納得する。

 

「赤ん坊のときは重さを感じずフワフワじゃった。次第に普通の肉体になって、霧散してしまうのではと心配していた母上も一安心した。だが、いたずらして逃げるときは霧になるので、誰も捕まえられず、困ったものよ」

「それで、なぜ私が?」


 ただの?異世界人である春香の何が相応しいのか分からない。

 

「そなたの特異な魔法、いや、魔力だ。そなた、珍しい『捕縛魔法』を使うな?普通の捕縛魔法は道具を使って拘束することだ。道具を使わず、魔力のみで物を捕らえる、固定する…。それが弟の身体の助けになっているのだ。そなたは自身が気付かぬうちに、捕縛の魔法を帯びた魔力を放出し続けている。微々たるものだが、魔力抵抗のない人間にとっては怠さを感じる原因にもなる」


 病気の源みたいに言われて、春香はとっさにノンタ村の老人達が怠さのあまり寝込んでいたらどうしようかと、心配になった。親切に村に迎え入れてくれたのに、恩を仇で返したことになる。

 

「ノンタ村の人たちが大変!みんな元気そうに見えても、お年寄りなの!体を悪くしてたらどうしよう!」

「全くもって大丈夫だ。姉上、ハルーカを怖がらせないで下さい。彼女は自分のことすら何も分かっていないんです」


 グレンが戻ってきてくれた。不安に震える春香の肩をそっと抱いて慰めてくれた。

 

「あの村は伝説的な魔術師や剣士達の隠居村なんだよ。春香の漏れでている魔力の影響を受けるほど軟弱ではない。逆に君の溢れる魔力を、こっそり村の結界に転用していたくらい強かだ。ピンピンしているさ」


 その結界の不思議な魔力に気付いて、春香を見つけたことまでは敢えて言わなかった。

 

「俺も同じだ。春香の力を利用している。それでもいいと思うなら、俺のそばにいろ」


 頼みもしない命令形。けれどもグレンの瞳をみれば、どれだけ必死なのかを春香に伝えている。もうグレンは、完全無敵の憧れのキャラ『樹君』ではなかった。本当は必要不可欠ではない、それでもここまで自分を必要と伝えてくれた人はいなかっただけに、嬉しくてたまらない。10年もの長い憧れの夢が凝縮したかのような、やっと会えた人。ずっと捕まえていたい、春香はそう思った。

 

 その夜、初めてずっと彼を捕まえていられた。捕まえた彼は、恋したティーンエイジャーの『樹君』ではなくて、これから傍にいてくれる大人のグレンだった。

 最初に優しくキスしてくれた。痛いと泣いたらキスしてくれた。明け方になってやっとキスして終わった。


 春香の魔王城でのグレンとの生活は、不思議で、快適で幸せである。グレンの婚約者として認められて大事にされている。ここでも明かりや、水回りは電気の代わりに魔法が使われている。村にいたときみたいに魔獣狩りをする必要もない。ただ、知り合いが魔王様とエマしかいないので、村中で騒いでいた老人達との話や踊りが懐かしく感じられる。

 

 グレンと朝食を一緒にとり、お仕事行ってらっしゃいのキスで送り出し、けど恥ずかしさにソファーに顔を埋めてクッションを叩き、エマを呆れさせる。日本人の春香には向かない習慣だが、漫画や洋画で夢見て憧れていたのだ。でも、やっぱり穴があったら隠れたくなるほど恥ずかしかった。そして勿論、お仕事お疲れ様のキスをグレンにする。そのたびに、やっぱり恥ずかしくなってクッションを叩き、グレンを呆れさせる。


 隔絶された小さなノンタ村から出たことのない春香には、この異世界は歴史でも地理でも分からないことが多すぎる。そのため午前中はこの国のことについての勉強、午後にはエマの指導によるマナーの特訓などすることは多い。大学を卒業できたくらいなので勉強は苦手ではないし、会社でも業務のために勉強は必要だった(お局候補は伊達ではない)。この世界の本も読みたいと思っていたので、特に文字の習得は頑張った。

 

 ただ贅沢に囲まれても貧乏性は直し難く、春香はちやほやされるだけでは申し訳なくなり、働きたくなる。そんな時はこっそり入手した憧れの地味なメイド服に着替え、得意の掃除をする。バレて当然と覚悟して、メイド服姿で別棟のメイド長と思われる一本角の人に「掃除するように言われたんですけど~」と言ってみたら、普通に廊下掃除の仕事を割り振られたのである。

 

 おばあちゃん達に仕込まれた家事技と、こちらの世界で身に着けた『もの凄いスピード』と『瞬間パワー』でモップ掛けをし、窓拭きをするのである。せっかくの異能力を地味な事に使う。そうして、あ~キレイになって気持ち良い!身体を動かして働いた!という満足感を得ているのである。

 

 そして毎日のようになぜか魔王様から遊びのお誘いが来る。お茶会もあるが、遊びもあるのである。

 

「本日は、午前中は国土についての授業、午後は魔王様からパターゴルフ?のお誘いが入っています。ご衣裳はこちらです」

「なぜにパターゴルフ?それにいつの間にクラブが出来上がってるの?」

「先日のハルーカ様のスポーツのお話をいたくお気に召され、やってみたいと仰せられています。西の芝庭で行うそうです」


 先日春香がドレスを着たままでもできそうなパターゴルフの説明をし、魔王に手を握られ道具をイメージしたところ、そのイメージを読み取ったらしい。そして部下に命じてクラブやボールなどを作らせたそうだ。

 

 魔王が魔王たる理由は、その創造力にあるそうだ。魔力がらみの様々なものを開発し、他国に輸出し国益を得ていると授業で言っていた。魔法石鉱山の管理も魔王様の特殊な開発品と魔力で運営されている。更に広範囲な国境に展開されている結界も、魔王の強大な魔力によって支えられているらしい。

 

 魔王は春香を相手にご機嫌で城内や庭を歩き回ったり、いろいろなスポーツをして楽しんでいる。じっとするより、動く方が好きらしい。『もの凄いスピード』と『瞬間パワー』で魔王に付き合えるせいか、遊び相手に認定されたようだった。おかげであちこち連れまわされて、城内やたくさんある庭でも迷わなくなった。

 

「無理して姉上に付き合わなくてもいい。あっちは暇つぶしで、ハルーカは勉強もあって忙しい。疲れてるだろ」


 お仕事お疲れ様のキスをグレンにし、恥ずかしさを抑えるために叩いたソファーに二人で寄り添う。最近、グレンが忙しく、中々ゆっくり過ごせなかった二人だった。

 国境では、強い魔力を持つ勇者、聖女を加えた隣国の騎士団とすでに小競り合いが始まり、度々グレンも国境へ配下の魔王軍と共に出ていた。ハルーカには心配かけまいと、出陣とは言わず視察と伝えている。そのため、数日会えない日が何度もあった。

 

「魔王様に、あんなに楽しんでもらえると、こっちも嬉しくて。ずっとお年寄りに囲まれてたでしょ、なんか同じくらいの年の人に付き合うって楽しいの」


 そうは言っても、勉強はともかく魔王に付き合っての運動や、隠してるつもりのメイドごっこ(メイド長にしっかり管理してもらっている)などは、春香の身体には負担が大きすぎるのではないかと、グレンは不安だった。


「…同じ年って、姉上はあれで楽に300歳は越えているぞ。見かけは魔力で若いが。」

「えっ!あれで?じゃあ、その弟のグレンはいつくなの?やっぱり300歳近く?」

「だったかな?詳しくは忘れた」


 若い見かけからもしかして年下かも?なんていう心配どころじゃない、おじいちゃん達より年上だった!道理で大人の包容力があるはずだよ、と納得する。ただ、寿命の違いに気付いた。普通なら春香の方があっという間に年を取って死んでしまう。すぐに別れがやってきてしまう。事故で両親を失ったように。そんな不安が顔に出たのか、グレンは慰めるように肩を抱いてくれた。

 

「寿命が気になるか?大丈夫だ、ハルーカも俺たち並の魔力があるから、きっと同じくらいに長生きできる。ずっと一緒に居られるよう、俺も姉上も力を貸す。ただ、身体はまだ魔力の無い者並みに脆いようだから、大事にしてくれ」

「うん、大事にするね。ずっと一緒にいたいもの」


 身体を大事にしてくれと言ったのはグレンだったくせに、夜、一番疲れさせたのはグレンだった。グレンがエマに何かを言ったらしく、翌朝起こしてくれなかった。おかげで春香は寝過ごした。恥ずかしくてクッションを叩いた。

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