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第21話

「ごめんね。

 あいつ、いつもは、あんなんじゃないんだけど。

 何か飲む?」


千恵美を応接室のソファに座らせると、岸田は苦笑いをしながら言った。


「あ、いえ・・・」


被雇用者である自分が客人扱いされることに小さな違和感を覚えて断ろうとした。

しかも、バイトを辞めようとしている立場だ。

けれど、岸田はそれを読み取った様子で


「遠慮はいらないよ。

 友達の後始末をするのも、友達の役目だから」


「あ・・・、はい」


「コーヒーでいいかな?」


千恵美がうなずくと、「コーヒー、2つお願いします」と

事務所の方に向かって少し声を大きくして言った。

千恵美は、胸の中で復唱した。

「友達の後始末をするのも、友達・・・」


「で、僕に話しって何かな?」


岸田は、ゆっくりとクッションの効いたソファに腰を落とすと、

長い足を組みながら、優しくたずねた。


「あの、一つ、聞いてもいいですか?」


「ん?」


「さっきの、あの、アキさん・・・?

 納谷さんは、社長のお友達なんですか?」


「ああ。もう大分古い、腐れ縁みたいな、ね」


「腐れ縁・・・」


「でも、友達なんてそんなものなのかな。

 友達なんて呼べる関係は、もう、アキくらいしかいないんじゃないか」


岸田は、ふと空を見つめて言った。

友達と呼べる対象を思い浮かべようとしていたみたいだった。


「いつから、ですか?」


「ん?アキとの関係?

 幼稚園?多分、一緒だったんじゃないかな。小学校は確かに一緒だった。

 中学も、高校も。

 別に、誘い合ったわけでもないのに、さ。

 まあ、近所に住んでりゃ、中学までは同じってパターンになるけれど、

 何も、同じ高校に行く必要はなかったよな」


「大学は・・・大学は別だったんですか?」


何故そこまで聞こうとしているのか自分でもよく分からなかった。

けれど岸田は嫌な顔もせずに、淡々と答えた。


「ああ。

 アイツは大学なんて行っても無駄だって・・・」


「え・・・」


岸田は千恵美をじっと見つめると、真剣な目で言葉を続けた。

「すぐに起業したんだ。

 高校時代から、優秀なヤツでね。

 人に使われるようなタイプじゃない」


「そうだったんですか!?

 でも、だから、こんな昼間に、自由に動けるんですね」


千恵美はつい、思ったことを口にした。

岸田の視線が鋭さを含むのを感じて、

それが皮肉にしか聞こえないことを自覚した。


「で、今日は何の用事なの?」


そこにコーヒーが運ばれてきた。

バイトの申し込みの時に説明をしてくれたこざっぱりとした男性だった。

無言のまま、音も立てずにコーヒーカップを二つテーブルに置くと、

岸田に向かって黙礼をして出て行った。


「すみません。

 実は、このバイトに自分が向いているようには思えなくて・・・

 それで、辞めた方がいいかなって、ちょっと悩んで・・・」


「ふーん…」

岸田は、口元を歪めた。


「辞めたいかどうか、決められないまま、ここに来たわけね?」


「・・・いえ、あの、本当は、辞めようと思ってここに来たんです。

でも、さっき、納谷さんに・・・」


「ふーっ」


岸田が小さくため息をついた。


「辞めたいと思った理由は何なの?」


「・・・友達に、言われたんです。

 タダより高いものはない、そんなに割のいいバイトには興味無いって・・・」


「それで?」


「私・・・1回だけだったけど、このバイトしてみて、

 なんか、気持ちがざわついたんです。

 その理由が、何か、見つかったような気がして・・・」


「このバイトが詐欺みたいに思えたんだ?」


「あ・・・」


さすがに「はい」と口に出せず、けれどそっと小さく頷いた。


「詐欺って、人を欺いて陥れることじゃないの?

 このバイトは誰かを傷つけている?」


さっき、納谷から言われたことを繰り返され、

千恵美は、うつむいた。


「結婚式にあんな派手な衣装を着るのは何のため?」


「そ、それは・・・」


そんなことは当たり前と深く考えたこともなかった千恵美は、言葉に詰まった。

じっと千恵美の答えを待つ岸田の視線に促され、千恵美は必死に答えを探した。


「これまでお世話になった人たちに、幸せな姿を見せるためじゃ・・・」


どこかのテレビCMのうたい文句だったかもしれない。

何かを答えなければならない気がして勢いでそう答えた。


「そうだとしたらさ、

 普段、着もしない綺麗なドレスを着て見せるのと、

 普段にはない豊かな人間関係を見せるのと、

 何が違うって言うの?

 幸せな姿を見せて、みんなが喜ぶなら、問題ないんじゃないの?」


「・・・・・・」


そう言われてしまうと、そんな気がした。

一体、なんで私たちは、

一度きりしか着ないようなドレスで着飾った自分を結婚式だけに見せるのだろう。

それが見栄だとしたなら、人間関係を「着飾る」ことに何か問題があるのだろうか。


岸田はさらに射竦めるような瞳で言った。


「辞めたければ辞めたらいいよ。

 バイトなんだ。

 ここに残らなければならない責任は無い。

 

 けれど、一つだけ覚えておいてくれ。

 詐欺まがいの仕事だなんて思って、

 僕たちは仕事をしていない。


 世間が、君がどう思おうと勝手だけれど、

 誇りをもって仕事をしている人間を、僕たちを侮辱するのだけは許せないな」


「あ、あの・・・」


自分の態度が相手に失礼だなんて、思いもしていなかった。

岸田を、納谷を傷つけていたことに気がついて、

すぐに謝る言葉も見つからなかった。

千恵美は何を言うべきか分からないまま途方にくれるしかなかった。

自分の頼りなさを持て余していた。



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