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第17話

コリアンダーと名付けられたその部屋は、

緑を基調とした爽やかな色調でまとめられ

品のある落ち着いた雰囲気の部屋だった。


さすがに高級ホテルでやるだけのことはあるわね。


千恵美はそっと心の中でつぶやき、

いつか執り行う自分の式場として相応しいかどうか

チェックをはじめた。


大きな窓ガラスはたっぷりとギャザーを寄せたレースのカーテンで

嫌味なく外界から部屋を切り離し、

都会の喧騒を全く感じさせない。


丸いテーブルは10人ずつ着席できるようになっていて、

光沢を放つテーブルクロスは、おろしたてのように真っ白で、

中央に飾られたテーブルフラワーは、

バラやカラーなどのしっかりと存在を主張する花が

たっぷりと使われているにも関わらず、

その色遣いを部屋と同じ緑色をベースにまとめているために、

決して下品な印象を与えない。


ふと、周りに目をやると

部屋の緑を背景に、赤、青、黄色と華やかなドレスが

その部屋を飾る花のように、そこかしこを彩り

しっかりとメイクアップした女性たちが非日常を演出していた。


それにしても、である。

一体どれくらいの参加者が、ホンモノなのだろう

と千恵美は思った。


千恵美は、新婦の友人という設定で披露宴に出席するバイトにより

ここにいるに過ぎない。

1日で1万円以上稼げる安全なバイトは、そうそう存在しない。

さっき偶然接触してから、一緒にこの式場に来た男性は、

さらなる偶然で一つ空けて隣の席に座ったが、

本当の関係者なのだろうか?

自分が新婦の友人として案内されたテーブルなら、

おそらく、この男性も新婦の友人だと思われるが、

結婚式に異性の友人を招くことが、

よくあることなのかどうか分からず

千恵美は座席表をさりげなく手に取り、

彼が座った席の名前と関係を確認した。


「納谷 一晃 新婦同僚」とある。


ナヤ カズアキ?

それともイッコウとか?


千恵美はその名前を見つめながら、

他の同席者の名前と間柄に視線を移した。


「植松 みのり 新婦友人

 緒方 香織 新婦友人

 ・・・・」


そうか。私の名前は「植松みのり」だったっけ。


千恵美は、思わずスルーしかけて、はっとした。

それが必要なのかどうか、

いまいち千恵美には判断しかねることではあったが、

このバイトでは、ご丁寧に偽名まで準備されていたのだ。

確かに、本当の名前を使うことには、抵抗を感じなくもない。

しかし、この名前は全くのデタラメなのだろうか?

本当に存在する、新婦の関係者から見て、

どういう名前をつけることが、こういう場合に正しいのだろうか?


そして、隣に、どうやら新婦の友人が来るらしい。

お互いを知らずに、ここにいることが果たして自然なのかどうか。

千恵美は不意に不安を感じた。

しかも、強烈に。


こんな気持ちで適切に演じられるのか…


「大丈夫だよ。

 このテーブルの関係者は、全てフェイクだ」


「え!?」


千恵美は、自分の心の中を見透かすようなその発言の主を見た。

納谷だった。


長めの前髪を掻きあげながら、涼しい顔して、

いや、半分、気の毒そうに、

千恵美を見つめた。


「あ、あの…」


「君、バイトだろ?

 僕もなんだ」


「…」


千恵美は、戸惑い言葉を失った。


「考えてもみてよ。

 万が一にも、ばれないようにすること。

 それが、僕たちの任務のほとんど全てだと思わない?

 そのためには、怪しまれずに、

 ここに存在しなければならない。


 ちゃんと、社長は分かっていて配慮してくれているんだ。

 こういう依頼を受ける時に、

予定している式場のテーブルを単位とすることを条件にしてるんだ。

だから、どうどうとして。

そして、隣の彼女とも、仲良く話せばいい」


そういうと、彼は爽やかに笑った。

ずいぶん、この仕事に詳しい気がする。

社長の関係者だろうか。


千恵美は改めて、まじまじと彼を見つめた。


「まあ、とにかく、楽しめばいい。

 タダでうまい御馳走にありつけるんだ。

 まあ、こういう宴会は、他人から見れば退屈で冗長だけど、

 それでも、ただ座っているだけで賃金が入るんだから、

 こんなオイシイ仕事はないだろ?」


千恵美は、こっくりとうなずいた。


気が付いたら、テーブルの反対側にスーツ姿の男性と

女性がほぼ同数の割合で並んで座っている。

さっと視線を座席表に移すと、そこには「新婦同僚」の文字。

同じくらいの年の男女を、よくここまで揃えたものだ。


彼らは、千恵美を見ると、笑顔をたたえて会釈した。

千恵美も、そそくさと会釈を返した。


なんとなく、何かが間違っているような、

ぬぐえない違和感が千恵美の心を覆った。



「ねえ、帰りは地下鉄?JR?」


虚脱感にも似た疲労感を覚えて、

重たい足取りで帰宅しようとしていた千恵美に、

納谷が声をかけた。


もっとも、今日は納谷だというだけの名前に過ぎないのだろうが。


「…JRです」


千恵美は正直に答えた。

なんとなく、一人になりたいような、

なりたくないような気分だった。


「じゃあ、一緒だ。

 一緒に行こう」


納谷は笑って、千恵美の隣に並んだ。


この人はどうして、こんなに爽やかでいられるんだろう。

千恵美は納谷の歩調に合わせて、歩きだした。


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