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第15話

私の話ばかりの会話を続けながらも、

1時間半が経過したところで、先生は「そろそろ帰ろうか」と

会計をすませた。


「ごちそうさまでした」


「いや、こちらこそ、会話をしながらの夕食で楽しかったよ」


どこまでも優しい先生だった。けれど、今はそれが辛かった。

最寄りの地下鉄駅まで、同じような会話を続け、

いよいよ、別れなければならない、その時が来た。


「先生、今日は、すみませんでした。

 ムリを言って…」


「いや。いいよ・・・」


先生の顔には、微塵も嫌悪感などは見られなかった。

いつもの、優しい眼差しが、私に向けられていた。

それが、私の踏み込めない、聖域を守っているような気がした。


「先生、私・・・」


「ん?」


「私、本当は、もっと先生のこと、お聞きしたかったんです」


「・・・」


「迷惑なんだろうなって、分かりました。

 先生にとって、私はただの学生に過ぎないし、

 聞いたからって、何か役に立てる力もありません。


 でも、私、先生のこと、先生が苦しんでいること、

 少しでも、分けてもらえたらって思ったんです。


 だって、辛い時、苦しい時、誰かがそばにいてくれたら、

 私だったら、嬉しいし、助かるし」


そこまで言ったところで、ドア越しに聞こえた

先生の苦しそうな嗚咽が蘇ってきた。


「私じゃ…私じゃダメかもしれないけれど、

 でも、どうか、一人で、一人きりで苦しまないでください。


 一人で生きようとしないでください。

 先生のそばにいて、先生を支えようと思う気持ちがあることを

 忘れないでください」


「國枝さん…」


優しい茶色い目が、少しだけ揺らいだ。

私は、なぜだか、泣きたくなった。


 先生。

 私は、先生が…先生のことが・・・


頭の中で、告白しかけて、涙が溢れそうになった。

ダメだ、泣いてしまう。


「先生、ご馳走さまでした。

 今日、先生と一緒にいさせてもらえて、

 私、すごく嬉しかったです」


お辞儀しながら顔を隠し、一気にそうお礼を述べて、

ちょうど来た電車に乗るため、ホームをダッシュした。

先生の視線を背中に感じながらも、

先生が、今、どんな顔をしているのか、そればかりが気になった。




参ったな・・・


混雑する電車に一人、揺られながら

黒い壁しか映らない窓の外をただ、眺めていた。


学生らしいと言えば、いいのだろうか。

控えめな色使いの身なりで、目立つタイプの学生ではない。

目立つといえば、時々隣に座る学生との対比の方が気になるかもしれない。

前列2番目の席で、必死に授業を聴く姿が時々、目を惹いた。

表に出さない秘めた情熱のような、そんなエネルギーを彼女からは感じる。


あんな風に、一途に、その情熱を向けられたら、

教師の端くれとして、どう受けてやればいいのだろう。


若さが、こんなに眩しく思える日が来るとは思ってもみなかった。


藤原は、ふっと小さく息を吐いた。


自分には、そんな資格はない。


その瞬間、槇村の声が蘇った。


「今を精一杯生きる以外に、他に何ができるだろう…」


先生、僕には、幸せになる権利が無いんです…

友人の…唯一無二の親友を傷つけてしまったのだから…


あの頃の自分に戻れるのであれば、

できることなら、やり直してみたい。

そしたら、今も、あいつの笑顔をそばに感じることができたはずだったんだ…

幾度となく繰り返してきた後悔の念に、胸が苦しくなった。


三峰みつみね真司しんじ


それが、彼の名前だった。


工学部で学ぶ彼は、AI、つまり人工知能の研究をしていて、

心理学的なアプローチがしたいからと二年生の夏、槇村ゼミに入ってきた。

心理学専攻の俺には、畑違いな彼の発想や思考方法がやけに新鮮で、

また、彼にとっては、俺の存在が面白かったらしく、

すぐに意気投合して、気がつけばいつも一緒にいた。


心理学といっても、当時は資格が与えられるわけでもなく、

大学院に行って修士をもつことが、学会認定の資格を取る条件だった。

しかし、それでも心理士として就職することは困難で、

多くの学生が進学せず、卒業して一般企業に就職していた。


少子高齢化の波は、もはや変えられない。

介護や僻地医療もマーケットとして狙えるロボット産業は、

今後必ず伸びる。

10年後を見据えて考えることのできる三峰は、

いつも俺にそう言っていた。


人とのコミュニケーションが好きな俺に、

営業に向いていると常々吹き込み、

同じ業種の会社に入ろうと誘われた時には、

正直、その気になっていた。


そして、次の春、三年に進級したところから就職活動が始まった。


三峰は、工学部の先生の推薦を受け、

すぐに就職先を決めてきた。

西間工業という中小企業で、

三峰曰く、「小さいところの方が、今は期待の大きな仕事ができる」とのことだった。


とはいえ俺は、専門職ではないため、営業部門を置いている

大手企業を狙い、就職試験を受けた。

六陽グループという、もともと日常電化製品アプライアンスを扱う大手企業の

六陽ロボティクスという会社に就職が決まった。


前途洋々な若者数名で祝い酒を交わした、あの日の夜は、

人生最高の時期だったのかもしれない。


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