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第11話

「奈々未、ごめん。

 今日の統計学のノート、後で貸してくれる?」


千恵美からLINEが入る。

あまり携帯をこまめにチェックするタイプではないから、

着信に気づいたのは、講義室の席についてからだった。


「今日は授業に出ないの?」


あまり、携帯でのやり取りを好まない私は、

フリック入力が早いとは言えない。

それでも急いで、それだけ入力して送信した。


「ミノルと出かけてくる」


あっという間に返信が来た。

私は苦笑しながら「分かった」とだけ返信した。


ミノルとは、千恵美の大学入学後の彼氏だ。

写真で顔を知っているだけで、名字も知らない。

かなりのイケメンということは分かるけれど、

私の好みの男性のタイプではなかった。

というか、よく知りもしない人をとやかく言える立場ではないけれど、

写真に写った彼の笑顔は、うまく言えないけれど、笑っていなかった。

どう見せれば、自分がよく見えるかを知っていて、

だからそこに写る彼は、モデルか芸能人のポスターのように

完璧なイケメンだった。

けれどそれは、逆に言えば、隣が誰であろうと、

見ている人間が誰であろうと、

同じ表情、ポーズで写るのではないかという気にさせた。


千恵美は、彼の隣で、本当に笑えているのだろうか・・・


はっとして、頸を振った。

嫌だ。私ったら、知りもしない相手のことで、

余計な心配までして。

千恵美が私の心配を知ったら、きっと鼻で笑うわね。

「ふふん。大きなお世話よ。

 もしかして、奈々未、私に嫉妬してんじゃない?」

千恵美の声がまるでここにいるかのように聞こえてくる。


私は大きくため息をついた。


なんで、大学まで千恵美と同じになってしまったんだろう。


こんなに千恵美を意識している自分に、自分で呆れるしかなかった。


スマホをマナーモードに切り替えて、バッグに突っ込んだところで、

視界の端に、長身の男性が講義室に入ってくるのを捉えた。

藤原先生だ・・・

私の鼓動は、ちょっとだけ早くなる。


「それでは、時間になりましたので始めます。

 今日は、テキストの・・・」


ちょっと低めのテノールボイス。

この声を聞くと、なぜか落ち着く。

私は、授業に集中した。



一日の授業が終わると、私は先週同様、槇村先生の研究室に向かった。

正直に言えば、藤原先生に会えるような気がしたから。

講義を終えた先生は、すぐに講義室を出て行ってしまう。

質問は、授業中じゃないと受け付けないスタンスだったし、

そして、私には、特別質問したいこともなかった。

だから、槇村先生の部屋に行くという口実で、

もしかしたら藤原先生に会えることを期待して、

私はそこへ向かった。

その途中にカフェがある。

それまで、入ったことも無かったけれど、

全くの手ぶらじゃ、何となく行きづらく思えて、

珍しく、そこに立ち寄った。


「いらっしゃいませ」


おしゃれなエプロンとシックなブラウス・

ロングスカートを身につけた店員さんが私を見つけてすかさず声をかける。

「いらっしゃいませ」

他の店員さんたちも、同様に声を挙げた。

色違いではあっても、同じ格好。それが制服のようだった。

私は、小さく会釈した。


「店内でお召し上がりですか?それとも・・・」


「あ、持ち帰りで」


「かしこまりました」


にっこりと微笑む姿は、こなれていて、感じがよかった。

ショーケースの中を覗くと、白、茶、黒といった色調のケーキが並んでいた。

それほど、種類は多くない。


「えっと・・・」


私は、何となく落ち着かずに、そこに書かれている商品名を見た。

ク・ドゥ・クール、パリブレスト、フォレノワール、モンブラン・・・

見た目でおおよその味は推測できそうだったけれど、

正直、こういうケーキは食べ慣れていない。

分かると言えば、モンブランくらい。


「何になさいますか?」

あまりに洗練された店員さんの笑顔を向けられて、

私は少し慌てた。

「あ、じゃあ、モンブランを」

咄嗟に言って、それを3つ購入した。


「ありがとうございます。それではお会計は・・・」


私は、そそくさと支払いを済ませると、店を出た。

藤原先生が、もしいなかったらどうしようか・・・

ふと、頭をよぎったけれど、

その時はきっといつもいる助手さんにあげればいいや。


ノックをしようと、右手を挙げたとき、

中から声が聞こえた。


「・・・先生、もう、いいんです・・・」


「いいわけないじゃないですか・・・」


「いえ、もう、・・・お気持ちだけで・・・」


切れ切れに聞こえるその声は、槇村先生と藤原先生に間違いなかった。

鼓動が早くなる。

私は、どうしてよいか分からず、その場に立ち尽くした。


ちょっとの間、沈黙が訪れた。


「誰か、いるの?」


中から、槇村先生の声が、はっきりとこちらに向けて飛んできた。

その声は、私を真っ直ぐに捉えて捕まえた。

今更、逃げる訳にはいかないと思った。


「あ、はい。

 すみません、ちょっと、私、そこでケーキを・・・」


どんな顔をして、何を言えばいいのか分からず、

とにかく中に入った。


そこには、期待通りというか、期待に反してというか、

うつむいたままの藤原先生と、いつにも増して厳しい槇村先生の顔があった。


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